お告げを受けに?

メテオラに2泊した後、少し南に下り、着いたのがここ「世界の中心」です。

ゼウスが水平線の両端から2羽の鷲を放ち、それが出会ったのが「世界の中心」デルフィだったという言い伝えがあるそうです。アポロ神殿に使える巫女ピューティアがトランス状態になって告げる神託によって、国の重要事項を決めていたと言います。紀元前8世紀には神託の権威が確立していて、紀元4世紀まで続いたのだそうです。

遺跡には必ず博物館が併設されています。
デルフィに着いた日が珍しく雨だったので、博物館に先にいきました。そして翌日に遺跡の見学。
この順番のほうが遺跡の由来などが分かって良かったのですが、他の遺跡見学の時は暑すぎて、博物館を先にするすると、遺跡を見る時には太陽がカンカン状態になるので、博物館を後にせざるを得ませんでした。

前置きがながくなりましたが、デルフィ遺跡です。
歩く順番とは違うのですが、何はともあれアポロ神殿。

こんな建物だったそうです。中央にアポロの像があって、神託が行われたのは地下だったとか。

神殿には各地から多くの貢物が贈られました。それを収納しておく宝庫の跡がいくつか残っています。いちばん保存状態がよいのが、アテネの宝庫です。

こんな感じの建物だったそうです。

ローマ時代のアゴラは入り口付近にありました。

デルフィの聖域のあちらこちらに高い像が飾られていたようです。

見たかったですね~、昔のデルフィ。

どんなお告げがいただけたことか。実際の予言はかなり抽象的で、解釈によってどうにでも取れるようなものだったそうですけれども。

劇場もありました。

競技場も。

ここではオリンピックのように4年に1回、競技大会が行われていたそうです。
現在でもオリンピックの他に、色々なスポーツの世界大会がありますから、今も昔もそういうのが好きな人間の性格って変わらないようですね。

アテネから北上

アテネで車を借り、ギリシャ中部へ。
アテネ市内を抜けるまではかなり渋滞していましたが、その後はスムーズでした。と言うか、整備された快適な高速道路にはあまり車が走っていません。それほど使われない高速道路に税金をつぎ込むという経済対策の失敗か?などと考察しながらも、呑気な旅行者はその恩恵を十分に受け、ドライブを楽しみ、着いたのがここです。

メテオラ。世界遺産です。
奇岩の上に修道院が建てられています。修道院は全盛期には20以上あったそうですが、現存するのは6つだけです。

いつ頃ここに修道院が出来たのかははっきりしないそうですが、11世紀末から12世紀初めにかけて、修道士達が集まって暮らしていたそうです。14世紀に今も残っている最大の修道院が建てられました。政治的な思惑から逃れ、オスマン帝国などの外敵から身を守り、独自の生活を送るには最適な環境でした。

暑いのでいつものように早朝の見学です。まず、最大の修道院、メガロ・メテオロン修道院へ。

昔のキッチンが公開されていました。

昔のワイン造りの道具なども所狭しと置かれていました。ワインは修道生活にも必需品だったようです。

その他、教会や小さな美術館なども見学できました。修道士達が生活している場所はもちろん立ち入り禁止です。

次に行ったのはヴァルアラム修道院。

窓から紐が垂れ下がっています。昔は紐に網を括り付け、荷物や人を上に運び上げていたのだとか。この修道院では373mの高さを引き上げていたのだそうです。普通のビルの75階ぐらい。。。

滑車がありました。今も使われているような?

建物はとても綺麗です。

現在は紐で吊り上げられない代わりに、階段をせっせと登ります。

3番目は今は尼僧院になっているセント・ステファノス修道院。尼僧院という先入観からなのか、女性的な修道院という印象でした。しかも、階段がほとんどなく、道路からすぐに入れて感激でした(笑)


残り3つの修道院も行こうと思えば行けたのですが、ここで息切れ。
修道院の中はどこも同じようなつくりなのです(言い訳?)
ホテルに帰って、お昼にしよぉ~ということになりました。

ホテルで大量のギリシャ料理を食べたにもかかわらず写真がないので、夕食の写真を。
旅の全行程を通して1,2を争うほど気に入った小魚のから揚げ。
冷やしたビールや白ワインとよく合うのです。


地元の白ワイン。その名も「メテオロ」。

ちなみにギリシャの夕食の標準時間は夜の9時頃です。

考古学博物館

アテネ最終日、考古学博物館へ。
パリのルーブル美術館に通っていた時に、古代ギリシャ芸術の展示部分はちらっと見るだけで通り過ぎていたので、あまり興味もないかな~、行くのやめようかな~などと思っていたのですが、やはりせっかくですから行ってみることに。

バスでも行けるのですが、キップの買い方がイマイチわからず、相変わらず早朝で比較的涼しいので、運動も兼ねて歩いて行くことにしました。
途中で無名兵士の墓の前での衛兵交代を見物。
日曜日には大規模な交代があるそうなのですが、この日はこじんまりと。
独特な歩き方が面白かったです。

てくてくと思いのほか長い距離を歩いて、やっと博物館に到着。
少しだけ展示品をご紹介。

ポセイドンかゼウスかで意見が分かれている像。海底から見つかったのだそうです。
紀元前460年頃のもの。麗しい肉体美~♪

オリンピックのレスリングの勝者を称えた石碑。勝者はテネドスという島の出身のデモクラテスという人で、ペロポネソス半島の南にあったEleiansという市がこの人を名誉市民とし、地税を免除し、劇場や競技会や集会で最前列の席を提供することなどが書かれているそうです。紀元前300-250年のもの。

黄金の髪の毛ネット。精巧な彫刻にホレボレです。

どうしてもキラキラしたアクセサリー類に目がいってしまいます。カラスと一緒か?

麗しい像2体。これが中世ヨーロッパのものであってもおかしくない気がします。
はっきりと年代は覚えていないのですが。ふたつとも、もちろん紀元前のものです。

古代ギリシャ芸術、半端なく素晴らしい!

と、すっかり古代ギリシャ文明を見直させていただきました。展示の表示はギリシャ語と英語で丁寧に解説されています。展示の仕方も工夫がされていて、見逃さずに行って良かった博物館でした。

帰り道の途中で中央市場を見つけました。


楽しそうだったのですが、暑さでヘロヘロ状態だったので、写真だけ撮って買い物はせず、無念!

アテネ3日目

3日目も早朝の遺跡見学から。古代アゴラです。アゴラというのは「市場」という意味なのだそうですが、公共の建物や店や文化施設が集まっていた場所のことを言います。このアゴラでソクラテスやプラトンが議論を交わしたり、買い物をしたりしていたのです。

アタロスの柱廊。
ペルガモン(現在のトルコにありました)の王、アタロス2世が紀元前159年から138年にかけて建てたもので、20世紀半ばにアメリカとギリシャが協力して完全に修復した建物です。これが2000年以上も前に作られていたってすごいじゃないですか?
当時はこの建物のあたりがいちばん賑わっていた場所だったそうです。

下の教会は古代のものではなく、10世紀、ビザンチン時代のもの。
アゴラがあった場所に後世、それと知らずに建てられたのでしょう、

内部です。

ギリシャの協会は今でも同じような形をしています。本土の協会は赤い屋根に壁はレンガ色やクリーム色が多く、島の協会はブルーの屋根に白の壁。とても可愛い外見ですが、内部はびっしりと装飾されて、閉塞感が強いかなーと思いました。

石が逃げないように(そう?)ケージに入っていました!

ヘファイストス神殿。
かなり保存状態が良く、原形を留めています。紀元前5世紀の建物です。

遠くに見えるのがアクロポリスです。こうしてみると、古代アゴラはアクロポリスの麓にあったことがわかりますね。
柱の跡が並んでいるのが市場のあった場所だそうです。

暑いのにお疲れ様~の遺跡見学の後にちょっと休憩。
ここはプラカの中にあって、アナフィオティカと呼ばれる地区です。
狭いスロープになった道なりにカフェやレストランがたくさんあります。

丁度アテネ・フェスティバルの時期でした。色々な催しがありますが、何といっても目玉はアクロポリスの麓にある古代劇場、ヘロデス・アッティコス音楽堂が舞台となるもの。2ヶ月ぐらい前にチケットを予約して、わくわくしながら行ったこの日の催し物はヴェルディのオペラ、ナブッコでした。出演者が100人以上プラスオーケストラです。

ソウルに住んでいた時にコーラスグループに入っていました。オペラ歌手の女性が先生で、毎週稽古をつけていただいていました。個人的にはそれほど真面目に練習していたわけではないのですが、他のいくつかのコーラスグループと共にその成果を世宗文化会館で3千人の観客を前に発表したことがあります。その曲目の中のひとつが、このナブッコのヘブライ人の奴隷の合唱「行け、わが想. いよ、黄金の翼に乗って」でした。懐かしくて、オペラの舞台でこの歌が流れ始めると、つい小声で口ずさんでしまったのですが、この歌は相当有名らしく、私の周りのたくさんの人が同じように口ずさんでいました。

オペラの衣装は残念ながら現代風で、悪役をナチスに、ヘブライの奴隷達を迫害されたユダヤ人達になぞらえたものでした。豪華な衣装はありませんでしたが、さすがの舞台にうっとりでした。ちなみにソプラノのアビガイッレ役は韓国人の歌手、Sae Kyung Rimでした。上の左から4番目です。ミラノのスカラ座の卒業生だそうです。迫力のある歌声で大満足させてくれました。ソウルで練習した歌を韓国人歌手が出る舞台で見るって、なんだか不思議な偶然ですよね。

アクロポリスへ

6月初めから3週間半、ギリシャを旅行していました。
朝の5時発というあり得ないぐらい早い時間の飛行機で、ケローナからバンクーバーを経由してトロント、そしてやっとアテネ。
カナダが大きすぎる国なので、国を横断するだけで時間がかかるー(泣)
あらかじめ出迎えの車を予約していたので、スムーズに4泊するアパートまで連れて行ってもらえました。アテネで借りたアパートはアクロポリスの近くで古い町並みが保存されているプラカという地区にありました。レストランやバー、お土産屋が多く、近所を歩き回るだけでも楽しいところでした。

ただ問題は日中の気温が30℃を越えること。ギラギラ照り付ける太陽の元で歩くのは、かなりきついので、もっぱら観光は朝か夕方に。

着いた当日は疲れていたので、近所巡りでおしまい。
翌朝、早速アクロポリスを目指しました。アクロポリスとは「高い丘の上の都市」のことなのだそうで、文字通り、丘の上に遺跡があります。

麓にあるディオニソス劇場。ギリシャ最古の劇場で、現存するものは紀元前4世紀のものですが、紀元前6世紀には劇場として使われていたのだそうです。

頂上に佇むパルテノン神殿。残念ながら逆光です。

違う角度でもう一枚。


15年かけて建設され、完成したのが紀元前432年。当時は彫像やレリーフで飾られ、彩色されていました。今でも印象的ですが、完成当時はどれだけ壮麗だったことかと、遥か昔に思いを寄せました。

下はエレクティオンと呼ばれる神殿です。
アテネの守護神、アテナ女神の像が安置されていたそうです。

上から見下ろしたアテネ市内。

帰る頃には観光客が続々と押し寄せ、団体客も多いので、階段部分は大混雑になっていました。

この日の夜はナスのサラダとチーズとほうれん草のパイ、そして子牛肉の煮込み。

ギリシャ料理は素材の味を大事にした素朴な料理が多く、美味しいのですが、それほど種類がありません。その為、旅の最後のほうになると、ギリシャ料理以外のものが猛烈に食べたくなったのですが、この時はまだまだそんなことはなく、美味しくいただきました♪

これからしばらく旅のレポになります。よろしくお付き合い下さいませ。