煙いです

旅レポを書き終えてヤレヤレと、すっかりサボっていました。八月も早くも中盤ですね。
今年もあちらこちらで山火事が多いです。BC州だけで450件を超えるそうです。
周辺の山火事だけでなく、カリフォルニア州や、遠くはシベリアあたりの山火事の煙まで漂って来ているそうで、煙いです。

遠くの景色、霞んで見えるのは煙のせいです。
暑いし、煙いし、と愚痴っていたらさっき久しぶりににわか雨が降って20度まで気温が下がりました。
お陰で煙いのも少し収まったようです、が、雷雨だと落雷でまた山火事が起こるのです、怖いわー。

スピアヘッドというワイナリーのワインが好きで、ワインクラブのメンバーになっています。先日行ったら使用済みのワイン樽(残念ながら空)を販売していたので、ふたつ買ってきました。ポーチのアクセントになって良い感じです。

旅の終りとその後

ミケーネやエピダウロスの遺跡を見て回っている間、ナフリオンのアパートに3泊しました。ずっとホテルに泊まるより、時にはキッチンや洗濯機のあるアパートが便利です。

ギリシャの最後の宿泊地は空港の近くの海辺の町です。ナフリオンから2時間ほどで着いてしまうので、その前にコリントスの遺跡へ行く予定でした。

ところが、ここで再び、にわか雨。かなり遺跡巡りにも飽きてきていたので、コリントス遺跡は見送ることにしました。

そのまま少し車を走らせると、雨も上がってきました。
見えてきたのが、コリントス運河です。全長6343m。
ペロポネソス半島の付け根の所にあって、エーゲ海側のサロニカ湾とイオニア海側のコリンティアコス湾を結ぶ運河です。ブルーの水面がとても綺麗です。

古代ローマ皇帝ネロが67年に6千人もの奴隷を使って開削をしたのですが、半分ぐらい掘ったところで中断されました。現在あるものが完成したのは1893年。ローマ時代のルートと同じ場所に作られました。古代ローマの土木技術の高さがうかがわれますね。

お昼ごろにホテルに到着し、ホテルの人お勧めのシーフードレストランへ。
ナスのサラダにタラモサラダ。
タラモサラダは何カ所かのレストランで食べてみたのですが、ムサカ同様、それほど美味しいと思いませんでした。ギリシャ料理として有名なのに、残念。

エビのサガナキ。エビをトマトソースで煮て、フェタチーズを加えたもの。これは何処で食べても安定の美味しさでした。

魚のグリル。ただの焼き魚ですが、素材が美味しい時は、シンプルな料理がいちばんです。

泊まったホテルはこんなのでした。

実は、泊まったホテルがある場所はMatiと呼ばれる町でした。ここで、数日前に91人が死亡するという痛ましい火事がありました。新聞に同じホテルの泊り客の「窓から火が燃えるのが見えて、それが爆発するのではないかと心配した」という談話がのっていました。こじんまりとしたビーチリゾート地区だったのですが、もうその面影が残っていないとか。

火事に遭われた方々に心からお見舞いを申し上げます。早く町が復興しますように。

エピダウロス

だらだらと続いている旅レポですが、今回と次回で終わりです。見ていただいて、ありがとうございます。

今回の遺跡はエピダウロスです。
朝に行ってみたらにわか雨に遭いました。諦めずに雨が止むのを待って、再び訪問。
遺跡巡りもお天気に恵まれないと大変です。

この遺跡は、この辺りが生誕の地とされる医神アスクレピオスの聖域で、紀元前5世紀から紀元4世紀まで、治癒の場所として多くの人々の信仰を集めました。精神的な癒しだけでなく、実際に僧侶による医療も行われていたそうです。

遺跡の中でも有名なのが円形劇場です。
音響効果がとても高く、針を落とした音でさえ聞こえると言われているほどです。
実際に真ん中でコインを落として実験している人がいました。残念ながら、いちばん上では聞こえなかったそうです。

私達がアテネで行ったアテネ・フェスティバルは、実際はアテネ・エピダウロス・フェスティバルと呼ばれます。アテネとここの円形劇場でそれぞれ催し物があります。ここの催し物は主に演劇です。ギリシャ語では無理~と思って、あまり詳しく調べなかったのですが、どうやら英語の字幕付きだったようです。見に行けばよかったと少々後悔でした。

こちらは上り競争をしている若者達。元気ですのぉ。

元気と言えば、競技場もありました。
ここのはスタートラインに杭が立っていて、当時の様子がよくわかります。

スタート風景はこんな感じだったそうです。

きれいに修復されているアスクレピオスの神殿

もちろん浴場もありました。

今のスパよりも優雅な感じですね。
治療の合い間にお風呂に入り、お芝居見て、スポーツも観戦して。
軽い病気だったら、それで治りそうな気がしました。

真夏の楽しみ

旅レポも終わりに近づいてきていますが、再び違う話題です。

Spearhead wineryというお気に入りのワイナリーへ、シェークスピアの喜劇「真夏の世の夢」を見に行きました。ギリシャの旅レポ中に、偶然ですが、この話はギリシャのアテネ郊外の森の出来事という設定です。

ぶどう畑に囲まれた芝生が舞台です。

夜の7時でもまだ暑くて明るくて、しかも、妖精ちゃん達も走り回っていました。

フラッシュなしなら撮影もOKの野外舞台です。
妖精の女王とロバの頭になった職人が愛を語らうブランコが可愛い~♪

役者さん達も上手でした。芝生の上で転げまわったりと、アクションも満点!

すっかり楽しんだ真夏の夕方でした。

(おまけ)

ワイナリーのわんこ用の水飲み場です。

ネメア

古代ミケーネ遺跡の次にネメアの遺跡に行きました。
ここはあまり知られていないと思うのですが、古代にはオリンピアに続く競技大会の開催地でした。
日本オリンピック委員会のサイトによると、「オリンピア地方で行われていた「オリンピア祭典競技」のほかに、コリント地方の「イストミアン・ゲームズ」、ネメア地方の「ネメアン・ゲームズ」、デルフォイ地方の「ピシアン・ゲ ームズ」などが4大祭典競技として知られています。」とのこと。

ゼウスの神殿があります。競技大会は神に捧げるものだったので、必ず神殿はあるのです。

下の建物で服を脱いで裸になります。今でいう更衣室のようなもの(たぶん)。

競技場への入り口です。

競技場。

どの競技大会でも陸上競技のスタートラインは石でできていました。
その石に掘られた溝に足をかけたスタンディングポジションのが「よーい」の姿勢でした。

競技の後は汗を流さねば。で、浴場です。

あ~、いい汗かいた~って感じでしょうか。お疲れ様。

ミケーネ

再び旅レポです。
お待たせしました~。愛しのミケーネです!
と、ひとりで盛り上がっております。

紀元前1600年から1100年に栄えた青銅器時代末期の文明です。
ドイツの考古学者シュリーマンが、幼い頃からホメロスの叙事詩「イリアード」で語られるトロイア戦争が実際あったことを信じ、トロイアとミケーネを発掘したというのは有名な話です。

獅子の門。城砦に入るにはここを通ります。
紀元前1240年ぐらいのものだそうです。今から3000年以上も前のものですよー。すごくないですか?

下は炭化した穀物がたくさん出てきたことから、穀物倉(Granary)と呼ばれている建物です。
本当の用途ははっきりとはわかっていません。

丘のいちばん高い所に宮殿がありました。

今ある遺跡は紀元前13世紀ごろのものですが、紀元前3000-2000年ぐらいにはすでに何らかの建物があったのではないかといわれています。

下は地下貯水池への入り口です。ミケーネ文明がいかに高度な文明だったかを後世に伝えるもの。

北門です。ダンナが写っているのは大きさの比較の為(笑)

こちらもダンナ入りです。紀元前16世紀に王族の墓地として使われていた場所の一部です。
元々は城壁の外にあったのですが、紀元前13世紀に城壁が拡張された為に、内部に取り込まれたそうです。6層になっていて、その中の5層をシュリーマンが発掘しました。

下のも墓地です。紀元前15世紀初めのもの。全部石造りです。
これだけ年数が経っているのですが、屋根が崩れるってことはないのでしょうねー。
トロイア戦争の登場人物でもあるアガメムノンの墓とされているのも同じ形のものです。行ったのですが人が多くて良い写真がなかったので、こちらで代用しました。

オリーブ油商人の家があったところ。4軒の家があったそうです。
クレタ島製の容器にオリーブ油が保存されていたことから、クレタと交易があったことが分かっています。

ミケーネ文明が栄えていた時代は、エジプトでは最大のファラオと呼ばれたラムセス2世がいた時代でした。中国では考古学的に存在が確認されている最古の王朝、殷の時代。古代のロマンを感じてしまいますね~♪

食べ歩き

旅レポの途中ですが、近所のイベントがあったので載せます。

第一回、近所飲み食べ歩き。
参加する近所の家を訪ねて、飲み食いしようという企画です。毎年催される予定になっています(笑)
近所といっても、どの家の敷地も10エーカー(12,241坪)あるので、滅多に会いません。
そこで、年に1,2回ぐらいどこかの家がパーティを開きます。ウチも2回ほどお招きしました。

今回の食べ歩き、、、1軒1軒が離れているので車移動。厳密には歩きではありません。
発案者の家が1軒目。テラスからの眺めもよいのですが、食べ物中心で写真を撮ってしまいました。

飲み物と軽いスナック程度でという申し合わせです。

2軒目はウチ。ポーチに食べ物、飲み物があったのですが、何故かみんな芝生で憩ってました。

3軒目はドイツ風のお家。ここも景色が綺麗なのですが、食べ物中心写真です(笑)

4軒目。プールがあるのは知っていましたが、噴水まで出るなんて。今度プールパーティしようね~とお約束。

やっと風景写真です。5軒目。

6軒目。ここ、リビングルームではありません。
テラスなのですが、スクリーンが張ってあるので虫が入らず快適です。暖炉もあります。きゃ~、ウラヤマシイ。

最後の家ではすっかり暗くなったので、家の中です。広々としたキッチンで。
この時点ですっかりご機嫌になった皆さん、うるさい、うるさい。

ということで、第一回、無事に終了。翌日は少々二日酔いでした。何歳になっても学ばないわー。
きっと誰も日本語の私のブログは見ていないだろうと、写真を修整なしで載せてしまいました。
このことはご近所さんには内緒にお願いします。しーっ。

ナフリオン

ギリシャ独立後の最初の首都だったナフリオンです。
ペロポネソス半島の旅の終りにここで3泊しました。

ギリシャ本土でいちばんきれいな町のひとつとされています。

生憎ここにきてお天気が悪くなってしまいました。

タコのトマト煮でも食べて、元気を付けましょ~。

次の日は再び遺跡巡りです。

メッセネの市壁

古代都市メッセネは市壁に囲まれていました。その跡が今でも残っています。

赤い車は今回、ペロポネソス半島周遊の為に借りたスコダ・ファビアです。エンジンがダンナのバイクよりも小さいという驚きの車。馬力はないですが、小回りが利いて、ヨーロッパの狭い道に最適でした。久しぶりのマニュアル車に私の専属運転手(!)はかなりご機嫌でした。

という車の話はさておき、市壁です。

建設は紀元前4世紀、壁は高さが約4.5m、幅が約2.5m、全長が約9㎞だそうです。
スパルタの支配から解放された後、85日で完成してしまったそうです。

今は機械の力がありますが、当時は人力。相当数の奴隷が存在したのかもしれません。
現代人で、しかも先進国に生まれてよかった!

驚きの無料宿泊の後だったので、この日はまともなホテルに泊まりたいと、探したのがこちら。

スパルタの近くの山の中の隠れ家風ホテルです。
「スパルタ」という名前は有名ですが、紀元前5世紀に栄え、紀元前4世紀には既に落ち目になっていたようです。今では観光名所も特になく、普通の町という印象でした。

ホテルには山の中を車で、走って、走って、着きました。
1泊だけではなく1週間ぐらいのんびりと過ごしたい感じの所でした。

山の中の一軒家なので、食事もホテルで。

部屋にキッチンもついているので、長期滞在して、自炊する泊り客が多いようでした。

メッセネ

無料宿泊の夜が明けて、朝に目指したのは古代都市メッセネです。作られたのは紀元前4世紀。
保存状態が良く、丁寧に修復されています。この遺跡は熊本大学工学部も研究調査を行っています。詳細はこちら。
観光客の数はそれほど多くなく、ゆったりと見学できました。

医学の神、アスクレピオスの神域です。ここがこの都市の政治と宗教の中心でした。

きれいに修復された劇場。幅が96.6mあります。

圧巻は修復されたスタジアムです。こちらが全景。

劇場とスタジアムは古代ギリシャの生活に欠かせないものだったようですね。

近くに行ってみました。
向こうの端からスタートして、観客席側がゴールだそうです。

観覧する人。

スタジアムの周りに柱がぐるっと建てられています。当時は屋根がついていたようです。

こちらはパライストラと呼ばれる建物で、レスリングの競技場として使われていたそうです。

競技で疲れた後、汗を流すのはこちら、浴場です。

床のモザイクも修復されていました。うっとりでした。

ギリシャのあちらこちらでたくさん見かけたこの花。夾竹桃ですよね?

「あの花なに?」
「キョウチクトウ」
「え?キチジョウジ?」
ダンナには両方とも同じような音に聞こえるらしいです。
遺跡を見ながら、何の話をしているのやら、、、ですね。