手伝い?邪魔者?

今日はじゃがいもの種芋を植えました。初めての試みです。
新じゃが、ほくほく〜、と唱えながらの農作業でした(笑)
大翔が横でずっと見守ってくれました。

掘り起こしたところの土が柔らかいので、後で掘ってみようーとか思ってないよね?
秋に植えたニンニクは大翔に掘り起こされて、4株しか生き残りませんでした。
下はマーモット探索中の大翔です。どうやらこの中に潜んでいるらしいです。

狩に関しては真剣な(?)大翔、この前は庭で一点をじーっと見つめていました。
しばらくして、外に出てみると、小さな野鼠の死体が、芝生の上に転がっていました。
キャーキャー言って、夫に死体を回収してもらった後、しばらくすると、今度は大翔が生きた鼠を咥えています。夫がこれも回収。
鼠被害が少なくなるので、助かるの気もするのですが、鼠の死体は見たくないわー。

こんな顔して見上げられたら、なんでも許してしまうのですけれど。

旅の翌日

久し振りで大翔の登場です。
このビデオは旅行から帰って来て、大翔をシッターさん宅から引き取ってきた翌日の朝の散歩です。
蹴ること、蹴ること!
久しぶりの場所に来たのが嬉しいのか、自分の匂いの拡散に専念しているのか?

理由はどうあれ、楽しそうで何よりです。

美術館とオペラ

大英博物館以外に行ったのは、ビクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)とテート・モダンでした。
V&Aはデザインを重視した博物館で、夫のお気に入りです。
お越しの際は、豪華なカフェテリアもお見逃しなく!

テート・モダンは発電所だった建物を改築したもので、近現代美術館です。
セント・ポール大聖堂を背にしながら橋を渡ったところにあります。

個人的にモダンアートはあまり趣味ではないのですが、こちらも夫の趣味に付き合いました。
草間彌生さんのミラールームの特別展が開催されていましたが、チケットが売り切れでした。残念!

ロンドンでいちばん楽しみにしていたのが、ロイヤル・オペラハウスでオペラを見ることでした。

2019年に行った時に素敵なレストランを見つけて、次回はきっとそこで食事をしよう!と思っていました。
レストランは何箇所かあるのですが、下の素敵なバーカウンターがある部分に座ってみたかったのです。

ここは軽食のみだったのですが、気にしないのです。しっかりと事前に予約して、オペラの前に食事を済ませたのですが、ここで、なんと、レストランの仕組みがわかっていなかったことが判明。
オペラハウス内のレストランのテーブルは、オペラが始まる前から終わりまで、ずーっと予約した人のものなのです。

なので、素早く食事を終える必要がなく、ワインやシャンパンも事前に頼んだものをキープしておいてもらえます。そして、幕間に戻ってきて、優雅に食後のデザートやら、ワインやらを楽しめるのです。
知らなかった。。。
ともあれ、オペラは、「ラ・トラビアータ(椿姫)」でした。楽しめました!!

今回の席は舞台の横、オーケストラも見える席です。
少々舞台が見づらい場面があったりするので、お値段が安めなのです。
以前ロンドンに住んでいた友人のおすすめの席でした。

大英博物館と劇場

リスボンからロンドンへ移動。
カナダと日本のパスポートはどちらも機械を通すことができるので、素早く入国できました。ラッキー♪
ロンドンでのお目当ては劇場と博物館や美術館です。その為、劇場の多いコベントガーデンに近いホテルに泊まることにしました。予約した時は気が付かなかったのですが、そのホテル、大英博物館のすぐ横でした。
これは行くしかないでしょ〜。

ここに来るといつも思うのですが、ここって大英帝国時代に奪取してきたものの収納庫だなぁ〜っと。
巨大な石像など、よく運んできたな〜と、その熱意にびっくりします。
もちろん、正規の手続きを踏んで、買収したり、譲られたものも多くあると思います。
奪い取ってきたと言っても、悪いことばかりでなく、ここに収納されなければ、失われたものもたくさんあると思います。
泊まったホテルはこちら。

左のはレパード(豹)バー。豹柄がモチーフです。
部屋はポルトガルで泊まったホテルに比べるとずっと小さいですが、ロンドンなので仕方がないかな。
劇場街の一角にこんな飾りがありました。

着いた翌日に劇場へ。

“The Ocean at the End of the Lane (小道の行き止まりにある海)”というファンタジーな小説を元にしたお芝居でした。楽しめました。

エヴォラとパルメラのポサーダ

トマールに立ち寄った後、エヴォラに向かいました。アレンテージョ地方の中心都市です。
旧市街はぐるっと城壁に囲まれています。世界遺産です。

エヴォラの町が近くなると、こんなのが見えてきました。

アクアダクト、日本語では水路橋?
ローマ時代のものかと思ったら、1532年建設だそうです。全長が18kmもあります。
町の中にも続いていて、建物の一部として利用されていたりしています。

こちらは城壁内にある本物のローマ時代の遺跡。ダイアナ神殿です。

旅も終わりに近づき、教会にも、凸凹の敷石にも、石の壁にも飽きてきていたので、エヴォラ観光は町をぶらつくだけに終わりました。

夜7時、お腹が空いてきたので、時間は早い(!)ですが、開いているレストランをググって探しました。

たどり着いてみると、外のテーブルで、シェフとオーナーがワインを飲んでくつろいでいました。
「まだ早い? 開いている?」と声をかけると「いいよ〜」とお店の中に案内されました。
前菜はとろけそうなイベリコハム。夫のメインはうずらのパイ包み、私のメインは、やっと巡り会えた日本で食べるのと同じ食感のタコの天ぷらでした。大満足!

デザートにコーヒーも飲み終えて、そろそろ帰るか〜と思っていたところに、新しいお客が入ってきました。
「空いている席がありますか?」と聞いてくる客に、オーナーが「どこから来たの?」
私たちの席のすぐ横でやりとりしているので、嫌でも耳に入ってきます。
「フランスからです。」という答えに、オーナーが「満席です。」とキッパリ。
「私達、もう終わりますから〜。」と声をかけると、オーナー、「そこは予約が入ってるから。」
嘘だ〜、そんな様子は全くなかったよぉ。どうやら、オーナーはフランス人が嫌いなようです。
日本人とカナダ人の組み合わせはOKなようです。
帰り際に、孫娘は日本が大好きなんだよー、会いたかったと思うよ〜と言ってくれました。
国の印象が良いってことは、良いことですね。

最終日の泊まりは、パルメラという町です。リスボンから近くて、ポサーダがあったので。
エヴォラに2泊しようとしていたのですが、イースターの休みと重なって、ホテルがどこも満室でした。
それが幸いして、コルク樫とオリーブの木の林を見ながらのドライブの末に着いたパルメラのポサーダは、とても居心地が良かったのでした。

元は修道院と城だったそうです。白い建物がホテルです。
中庭には藤が満開。

部屋の中です。バスルームのカラフルなタイルがいかにもポルトガル♪

午後の遅いフライトだったので、ゆっくりと午前中を過ごし(ポルトガルのホテルのチェックアウトは12時のことが多いのです。ゆっくり過ごせて助かりました。)、エアポートに向かいました。

ポルトガルよ、さようなら。楽しかったよ〜♪

トマール

コインブラで1泊を過ごした後、翌日向かったのはトマールという町です。
古代ローマ時代にもここに都市があったそうです。
見たかったのは、テンプル騎士団の本部だったこの場所です。世界遺産です。

9−12世紀にイスラム教徒が使っていた建物をを含めて、城が完成したのが1160年でした。
1319年にテンプル騎士団が潰された後は、キリスト騎士団が引き継ぎました。
エンリケ王子はこの騎士団の団長だったことがあって、航海の成功は騎士団の財と知識があってこそと言われているそうです。
16世紀には新しい建造物が付け足されました。

エマニュエル様式というのは、16世紀のポルトガルで流行した建築様式で、過剰な装飾が特徴だそうです。

教会の内陣。やはりこちらも装飾が半端ではありません。

ジョアン3世の回廊。これも16世紀のものです。イスラム建築の影響がみられます。

あと1回でポルトガルレポは終了です。ポルトガルの旅、あと3日を残すまでになりました。
今日はこれからゴルフ。ハーフを回ってきます!

コインブラ

石づくしの2日間の後、目指したのは大学の街として名高いコインブラです。
コインブラ大学はポルトガル最古の大学で、初めリスボンにあったのが、コインブラに移ったり、またリスボンに戻ったりした後、最終的に1537年にコインブラに落ち着いたそうです。

ホテルから見た町。丘の上に見えるのが目指す大学の建物です。
また上り坂。。。

頑張って坂道を上がり、階段を上がって、辿り着きました。
中庭にある時計塔は18世紀のもので、大学のシンボルなのだとか。

金泥細工で飾られたジョアニナ図書館を見たくて、ここに来ました。
残念ながら内部は撮影禁止でした。せっかくなので、図書館への扉だけでも見てください。

装飾過多ではないでしょうか?の大学内の教会。

もう一つの目的はコインブラのファドです。
女性がその心情を歌うリスボンのファドとは違い、コインブラのファドの歌い手は男性のみです。
衣装は黒いマントが決まり。
元々は愛する女性に捧げるセレナーデだったそうで、明るい歌が多いという印象でした。

この日のランチは鰯のフリッターとマッシュルームと肉の煮込みでした。

食事の後のコーヒーに、オビドスで飲んださくらんぼのリキュール、ジンジャがついてきました。

石づくし

ヴィゼウでは観光を全くしませんでした。
その代わりと言ってはなんですが、綺麗な服の在庫が少なくなってきた為、ショッピングセンターに寄りました。

噴水やスケートリンクまである大きなショッピングセンター。
この町は結構大きな町だったのです。下はホテルのバルコニーから見た景色。

そんな都会を後にして、この日の宿はベルモンテという村のポサーダです。
その昔は修道院だった建物です。外観はこんなですが、中は快適でした。

それぞれの部屋の前の壁に修道士のイラストが描かれていました。私達の部屋はルイス修道士。

中庭もありました。

ここを起点にして、周囲の村を訪ねました。
まずは、手持ちのガイドブックによれば「ポルトガルで最もポルトガルらしい村」、モンサントへ。

村の中に岩があるのか、岩の中に村があるのか。

この旅は天気に恵まれていたのですが、ここで初めて雨に見舞われました。
石造の家と巨石に囲まれて、寒々しいのです。

夫は大喜びでした。男性向けの村かも。

翌日はソルテーリャという村へ。ここも石畳、石造りの家、石だらけです。

家のドアの高さが低すぎるのはなぜ?

このふたつの村は先発した友達カップルのお勧めの地でした。
ドアの低さは「小人が住んでいるから」というのが奥さんの方の説でした(笑)

***

私達の旅行中、ケローナは寒かったそうで、やっと秋に植えた球根の花が咲きました。

観光しなかった日

ドウロ渓谷を後にして、南へ。

途中で羊と羊飼いに道を阻まれたりしながら、たどり着いたのは、ヴィゼウという町です。
ここはダオンと呼ばれるワインの産地の中心です。
泊まったのはポサーダ・ヴィゼウ。19世紀に建てられた病院を改装したホテルです。

ちょうどロビーでお菓子祭りが開かれていました。
オビドスに続いて、お祭りづいています。

チェックイン時にハプニングが。予約が見当たらず、係の人がパソや書類を見直している間に、自分の持っている書類を見ると。。。チェックインの日にちが昨日の日付!
何年も旅行の予約は自分でしているのですが、こんな失敗は初めてです。
間違いを申告すると、同じグレードの部屋はいっぱいだけど、グレードを下げるか、上げるかすれば大丈夫。
予約したのよりも良い部屋はすぐにチェックインできますよ〜とのこと。
ポルトガルの人達って優しいのです。国民性?
それほど値段も違わないので、良い部屋にしてもらって、すっかりくつろぎの体制。
実はこのホテル、スパがあって、トルコ風呂、サウナ、ジャクジーが利用できます。
お菓子祭りで、買い込んだお菓子を賞味後、スパでくつろぎ、夜はホテルのレストランで。
ポルトガルのレストランでは必ず食事の前にオリーブとオリーブオイルとパンが出てきます。
それがどれも美味しいので、食事の前から既に食べ過ぎの予感。

夫の前菜。これ、多過ぎでしょー。

夫は食事後、シガーラウンジに移動して、葉巻とブランデーを楽しんだのでした。
私は部屋でのんびり。
結局、ヴィゼウの観光は全くせず、ホテルから一歩も出ずに、この日は終わったのでした。

ワインと観光と天ぷら

ワインの産地にいるので、ワイナリーを訪ねなければ、とやってきたのが、

キンタ・ダ・ローザです。旅の下調べをしていた時に良さそうなワイナリーと目星をつけていました。
ワインの樽は数年で新しいのに替えます。

ポートの樽は取り替えません。黒光して、いかにも年代物の樽です。

テイスティング〜♪

ワインを2種類とポートを2種類いただきました。
普通のワインだけではなく、ポートワインも味わえるのはドウロ渓谷ならではです。

ボートにも乗りました。ポート乗り場はホテルの近くのピニャオという町にあります。
近くといっても、どこに行くにも、恐怖の曲がりくねった山肌細道を通っていかないといけないのですけれど。
あまりに何回も同じ道を往復していたので、仕舞いにはかなり慣れてきたような気がします。
ともあれ、ピニャオの駅です。ここにもアズレージョ。

近くのにはこんなものもありました。

その昔はここにワインを貯蔵していたのだそうです。
2日目だけ姿を見せた英語の話せる宿の人に聞いたところ、予約なしでも大丈夫だとのことだったので、ボート乗り場に行ってみたところ、12時のはいっぱいだと言われ、1時半まで待たないといけませんでした。

そして、1時半のボートに乗ったのは私達ふたりだけでした。貸切〜♪
河風が気持ちよくて、ボート係の人も親切で、楽しい経験でした。

最後にはやはり食べ物。
先に出発した友人カップルのガイドさんのお薦めだというレストランへ。
友人達が行った時は月曜日でレストランが閉まっていたそうです。

天ぷらの故郷、ポルトガルでテンプラを賞味!
モロッコインゲンの天ぷらのようでした。味は普通のフリッターのような味でした。
もっと後で、エヴォラという町のビストロで食べたのはもっと日本の天ぷらに近い食感でした。

ポルトガルのホテルにはどこでも朝食がついています。かなり豪華です。
ついつい食べ過ぎて、昼は抜かしたり、3時頃に食べたりと、食事時間が変則になっていました。