仲良くボールを齧っているようですが、実はお互いのボールを狙っています。
シャムの胴体の左側の毛が剥げているのは、ウチに預けられる前にノーリドのシェパードミックス犬2頭に襲われて、怪我をして、傷口を縫う羽目になったからです。幸いにもトラウマにはならずにすみました。
相変わらず、遊びたい大翔と大人わんこのシャムの態度の違いはありますが、時々追いかけっこをしたり、鼻を突き合わせてみたりして、仲良し―とまではいかないまでも、前よりは良い関係になってきています。
仲良くボールを齧っているようですが、実はお互いのボールを狙っています。
シャムの胴体の左側の毛が剥げているのは、ウチに預けられる前にノーリドのシェパードミックス犬2頭に襲われて、怪我をして、傷口を縫う羽目になったからです。幸いにもトラウマにはならずにすみました。
相変わらず、遊びたい大翔と大人わんこのシャムの態度の違いはありますが、時々追いかけっこをしたり、鼻を突き合わせてみたりして、仲良し―とまではいかないまでも、前よりは良い関係になってきています。
シェーンブルン宮殿、王宮、家具博物館の3つがセットになったシシー・チケットを購入しました。シシーとは エリザベート皇妃 の愛称です。 オーストリア・ハンガリー皇帝、フランツ・ヨーセフ1世のお妃 でした。
バイエルン公爵の娘だったこの人、皇帝に見初められて16歳で結婚しましたが、姑のゾフィー大公妃が仕切る堅苦しい宮廷生活に慣れず、頻繁に旅行に出かけ、宮廷を避けたそうです。 美貌で、身長が172㎝、体重が43-47kg、ウェストが51㎝という体型を維持するために、運動と過激なダイエットをしていたとか。1898年、旅行中にイタリア人の無政府主義者に暗殺されました。
映画化されて、美化された人物ですが、ただの自己中のワガママ貴族だったとも言えるかもです。
ともあれ、セットになっていたので、家具博物館にも行ってきました。
おびただしい数の家具がありました。
特に椅子は、これからは椅子の展示は見なくて良いです、と言うぐらいの数。
次の日は、フンデルトヴァッサーハウスへ。ウィーン生まれの芸術家、フンデルトヴァッサーがデザインした公共住宅です。
自然と建物の融合を目指しているのだとか。
ユニークでカラフルな建物は、不思議に周りと調和していました。
日本に住んでいたこともあるそうで、大阪舞洲のごみ処理工場などはこの人のデザインだそうです。 検索してみて下さい。
夜にはモーツアルトハウスへ。ピアノの伴奏でチェロのリサイタルでした。
チェロ奏者は20年に渡たってウィーンフィルのプリンシパルチェリストである、Tamás Vargaさん。モーツアルトが住んだことのある建物の地下で、観光客向けではない大満足の演奏でした。
大翔とシャムは段々とお互いに慣れてきています。
大翔は相変わらずシャムにガウガウいうのですが、前よりはうるさくなくなりました。大翔のブリーダーのコロスケさんにアドバイスいただいて、ガウガウ言い始めたら静かに止めるようにしています。ところが、ウチの明るいマイペース男子はガウを止められたら、私達から逃げ回るという遊びを考案してしまいました。躾をしているのか、遊んでいるのかわからない状態。あまり大翔をきつく叱って、シャムが自分が優位と思うのもいけません。難しい所です。
今朝はふたりで仲良く庭を走り回っていました。
ロンドンを後にしてウィーンへ。1週間の滞在の目的は音楽と観光です。
丁度着いた日の翌日が日曜日で、ハプスブルグ王宮礼拝堂でのミサがありました。ウィーン少年合唱団が出演していて、ミサですが、チケットを購入する必要があります。曲目はモーツアルトの「ミサ曲 第10番 ハ長調 K.258」、ピッコロミニ・ミサと呼ばれている曲です。
席は、もちろん指定席です。ミサの間は最上階で歌っていて、姿は見れません。
ミサが終わってから前に出てきて、1曲だけ歌ってくれました。
ミサ用の歌を、コンサートホールではなくて、作り手が意図した場所で聴けるのは特別な気がします。
翌日はハプスブルグ家の夏の離宮、シェーンブルン宮殿へ。美しい宮殿と庭園はもちろん世界遺産です。
そして次の日は王宮へ。優雅な建物は、ここがかってヨーロッパでも有数の帝国の首都であったことをうかがわせます。ハプスブルグ家はヨーロッパ各地の王室と婚姻関係を結ぶことで、影響力を拡大していったのでした。
夕方にはウィーンのオクトーバーフェストを覗いてみました。
陽気な音楽とたくさんの酔っ払い達。。。なにせ、ビールジョッキが1リットル入りですから。半分の量も注文できますが、やはり行ったからには飲まねば!
夜にはペーター教会での室内楽コンサートへ。
思っていた通り、観光客向けのコンサートで、なじみのある曲目が続きました。
昨日の夜、不用意におやつをあげてしまって、マジギレケンカを勃発させてしまいました。反省してます。
夜はシャムも私達のベッドルームで一緒に寝ていたのですが、昨晩は2頭を引き離すために、泊っている友人のベッドルームにシャムを避難させました。自分のベッドではなくて、友人のベッドに上がり込んで一晩中一緒に寝ていたそうです。
それで癒されたのか、今朝のシャムはいたって普通。散歩もご機嫌で一緒にいきました。大翔は、もちろん昨晩の事は全く気にしていません。
散歩の後は少しだけ追い駆けっこまでしていました。
何故か、携帯が白黒モードになっていて、せっかくの画像が昔懐かし画面のようになってます(笑)
シャムが相手をしてくれたのは↑の時だけ。大翔は遊びたくて、相変わらず吠えてます。唸っているのはシャムです。
こういう時は止めに入るべき?それとも、わんこ同士で解決させるべき?と悩みましたが、うるさいのでこの後、大翔を止めました。
7歳の黒柴の女の子、シャムちゃんを飼い主さんが旅行に行っている間、3週間預かることになりました。大翔は他のわんこが大好きなので、良い遊び仲間になるかなーと思ったのですが、1歳と7歳では無理があったような。。。
大翔は遊びたくて仕方がないのですが、シャムにとってはウザいだけの様子。
シャムは大人しくて優しい女の子なのですが、大翔がしつこくすると鼻に皺を寄せ、ウ~っと唸って威嚇します。
3週間の間に、お互いに居心地の良い関係になってくれると良いのですが。
私達が留守の間は、シャムの飼主さんが大翔を預かってくれるという計画になっているのです。これからの関係改善に期待です(笑)
コッツウォルズの旅を終えて、ロンドンで3泊しました。
博物館と美術館巡りが主な目的です。入場料が無料なのが魅力です。ですが、今回はどこに行っても、入り口に必ず寄付を募る箱が置いてありました。以前はそういうのもなかったのですが。
ロンドンに着いた日はオペラハウスへ。出し物はドン・ジョバンニでした。
信じられないぐらいな女たらしのドン・ジョバンニがあっちこっちの女性を泣かせて、結局は地獄に落ちるという悲喜劇です。
本当はこの後行ったウィーンでオペラを見たかったのですが、チケットの値段の高さに断念。。。パリのオペラは政府の補助のおかげか、値段が抑えられていて、いちばん良い席でも180ユーロ程度だったのに、ウィーンでは350ユーロぐらいでした。他にも色々とコンサートに行きたかったので、断念して、代わりにロンドンのオペラハウスの上の方の席のチケットを取りました。
帰りにオペラハウスの中に素敵なバーとレストランがあるのを発見。
次回はここで食事したいものです。
博物館巡りの最初はヴィクトリア・アンド・アルバート博物館。数あるロンドンの博物館の中で、ここが一番好きです。
いつも時間がなくて、一部分だけしか見ていなかったのですが、今回はじっくりと見て回りました。下はカフェテリアの一部。セルフサービスのカフェなのに食事の種類が豊富で美味しくて、しかも内装まで楽しめて、大満足でした。
大英博物館は獲得したり、略奪したりしたものを所狭しと並べてあるという印象で、私の基準であるルーブル美術館と比べると、ちょっと展示方法に見劣りがするような気が。こっちは博物館で、ルーブルは美術館なので趣旨が違うのかもしれませんけれど。
この日の夜はウィンダムズ・シアターへ”The man in the white suit (白いスーツを着た男)”を見に行きました。汚れず、擦り切れない生地を発明しようとすることにまつわるイギリスらしいコメディーです。
この夜も席は上の方で。。。(笑)
シェイクスピアの生家への入場券にはそこだけのものと、他の関連施設への入場券がセットになったものがありました。せっかくなので、全部入れるコースを選択。あまり期待していなかったのですが、ここ、Mary Arden’s Tudor Farm(メリー・アーデンのチューダー様式農家)はとても面白かったのです。Mary Ardenは シェイクスピア の母親です。裕福な地主の娘だったそうです。
当時の服装をした人々が出迎えてくれ、当時の様子を再現してくれます。
当時の食事の様子も実際に見せてくれます。
地主は人を雇って農作業をしてもらうのですが、雇用内容に食事を提供することも含まれていて、それが美味しくないと、良い人達が雇えなかったそうです。
今も昔も、食事って大切!
生後8か月のフクロウ。大勢の人の前で飛ぶのは初めて。しかも、雨なので、倉庫の中での演技でした。上手に飛んでくれて、たくさんの喝采を浴びました。
鷹匠も嬉しそうです。
この時代は身分によって使える鳥が決まっていて、貴族以外は小さな野鼠などを捕まえるような鳥しか使えなかったのだそうです。
下はアン・ハサウェイ(シェークスピアの妻)のコテージです。ふたりが結婚したのはシェイクスピアが18歳、アンが26歳の時だったそうです。夫が年下の年の差8歳、しかも出来ちゃった結婚でした。当時はそんなの普通だったのでしょうか?
こちらはふたりが眠るホーリー・トリニティー教会です。
内陣に埋葬されているということは、有名人でお金持ちだった為でしょう。
英国の誇る偉大な詩人・作家を偲ぶ旅はここで終了です。
ちなみに泊まったホテル、劇場のすぐ前で、とても気に入って、1泊の予定を2泊に延長しました。
The Arden Hotel, Waterside, Stratford-upon-Avon
11月12日、今シーズンはじめて雪が積もりました。
犬は喜び庭駆け回っています。
走り回っているところは、なかなか写真には撮れないので、休憩中をパチリ。
大翔の華麗なる走りを、動画でどうぞ~♪
今回はスローモーションも作ってみました。
走り方が分かって面白いです。
2日後の今日は雪はすっかり溶けてしまっていますが、庭の土の部分が泥になっています。大翔が外から帰ってくる度に足ふきが大変。そして、足を拭かれるのが嫌な大翔は、ドアのところで入ってくるのをためらい、人の隙をついて、泥足で家に駆けこみ、家中を走り回り、泥の足跡を残してくれています(涙)
当分攻防が続きそうです。
大翔のうちの子記念日から一夜明けて、大輔の誕生日です。
以前にも書いたことがありますが、11月11日はカナダではRemembrance Dayと呼ばれる日です。日本語で言えば「追悼の日」でしょうか。戦没者追悼の日ですが、それだけでなく、戦争時を思い出し、二度と起こさないようにと決意を新たにする日であると思っています。
ですが、私達にとっては何よりも大輔を思い出す日です。
「みんなに思い出してもらえる日が誕生日だよ。いいねー。とは夫の弁。
デジカメ以前だったので、赤ちゃんの時から1歳までの写真が少ないのです。
返す返すも残念です。クールなハンサムで、優しくて、甘えっ子で、私の宝物でした。生きていたら19才。大輔、お誕生日おめでとう!