旅の終りとその後

ミケーネやエピダウロスの遺跡を見て回っている間、ナフリオンのアパートに3泊しました。ずっとホテルに泊まるより、時にはキッチンや洗濯機のあるアパートが便利です。

ギリシャの最後の宿泊地は空港の近くの海辺の町です。ナフリオンから2時間ほどで着いてしまうので、その前にコリントスの遺跡へ行く予定でした。

ところが、ここで再び、にわか雨。かなり遺跡巡りにも飽きてきていたので、コリントス遺跡は見送ることにしました。

そのまま少し車を走らせると、雨も上がってきました。
見えてきたのが、コリントス運河です。全長6343m。
ペロポネソス半島の付け根の所にあって、エーゲ海側のサロニカ湾とイオニア海側のコリンティアコス湾を結ぶ運河です。ブルーの水面がとても綺麗です。

古代ローマ皇帝ネロが67年に6千人もの奴隷を使って開削をしたのですが、半分ぐらい掘ったところで中断されました。現在あるものが完成したのは1893年。ローマ時代のルートと同じ場所に作られました。古代ローマの土木技術の高さがうかがわれますね。

お昼ごろにホテルに到着し、ホテルの人お勧めのシーフードレストランへ。
ナスのサラダにタラモサラダ。
タラモサラダは何カ所かのレストランで食べてみたのですが、ムサカ同様、それほど美味しいと思いませんでした。ギリシャ料理として有名なのに、残念。

エビのサガナキ。エビをトマトソースで煮て、フェタチーズを加えたもの。これは何処で食べても安定の美味しさでした。

魚のグリル。ただの焼き魚ですが、素材が美味しい時は、シンプルな料理がいちばんです。

泊まったホテルはこんなのでした。

実は、泊まったホテルがある場所はMatiと呼ばれる町でした。ここで、数日前に91人が死亡するという痛ましい火事がありました。新聞に同じホテルの泊り客の「窓から火が燃えるのが見えて、それが爆発するのではないかと心配した」という談話がのっていました。こじんまりとしたビーチリゾート地区だったのですが、もうその面影が残っていないとか。

火事に遭われた方々に心からお見舞いを申し上げます。早く町が復興しますように。

エピダウロス

だらだらと続いている旅レポですが、今回と次回で終わりです。見ていただいて、ありがとうございます。

今回の遺跡はエピダウロスです。
朝に行ってみたらにわか雨に遭いました。諦めずに雨が止むのを待って、再び訪問。
遺跡巡りもお天気に恵まれないと大変です。

この遺跡は、この辺りが生誕の地とされる医神アスクレピオスの聖域で、紀元前5世紀から紀元4世紀まで、治癒の場所として多くの人々の信仰を集めました。精神的な癒しだけでなく、実際に僧侶による医療も行われていたそうです。

遺跡の中でも有名なのが円形劇場です。
音響効果がとても高く、針を落とした音でさえ聞こえると言われているほどです。
実際に真ん中でコインを落として実験している人がいました。残念ながら、いちばん上では聞こえなかったそうです。

私達がアテネで行ったアテネ・フェスティバルは、実際はアテネ・エピダウロス・フェスティバルと呼ばれます。アテネとここの円形劇場でそれぞれ催し物があります。ここの催し物は主に演劇です。ギリシャ語では無理~と思って、あまり詳しく調べなかったのですが、どうやら英語の字幕付きだったようです。見に行けばよかったと少々後悔でした。

こちらは上り競争をしている若者達。元気ですのぉ。

元気と言えば、競技場もありました。
ここのはスタートラインに杭が立っていて、当時の様子がよくわかります。

スタート風景はこんな感じだったそうです。

きれいに修復されているアスクレピオスの神殿

もちろん浴場もありました。

今のスパよりも優雅な感じですね。
治療の合い間にお風呂に入り、お芝居見て、スポーツも観戦して。
軽い病気だったら、それで治りそうな気がしました。

ネメア

古代ミケーネ遺跡の次にネメアの遺跡に行きました。
ここはあまり知られていないと思うのですが、古代にはオリンピアに続く競技大会の開催地でした。
日本オリンピック委員会のサイトによると、「オリンピア地方で行われていた「オリンピア祭典競技」のほかに、コリント地方の「イストミアン・ゲームズ」、ネメア地方の「ネメアン・ゲームズ」、デルフォイ地方の「ピシアン・ゲ ームズ」などが4大祭典競技として知られています。」とのこと。

ゼウスの神殿があります。競技大会は神に捧げるものだったので、必ず神殿はあるのです。

下の建物で服を脱いで裸になります。今でいう更衣室のようなもの(たぶん)。

競技場への入り口です。

競技場。

どの競技大会でも陸上競技のスタートラインは石でできていました。
その石に掘られた溝に足をかけたスタンディングポジションのが「よーい」の姿勢でした。

競技の後は汗を流さねば。で、浴場です。

あ~、いい汗かいた~って感じでしょうか。お疲れ様。

ミケーネ

再び旅レポです。
お待たせしました~。愛しのミケーネです!
と、ひとりで盛り上がっております。

紀元前1600年から1100年に栄えた青銅器時代末期の文明です。
ドイツの考古学者シュリーマンが、幼い頃からホメロスの叙事詩「イリアード」で語られるトロイア戦争が実際あったことを信じ、トロイアとミケーネを発掘したというのは有名な話です。

獅子の門。城砦に入るにはここを通ります。
紀元前1240年ぐらいのものだそうです。今から3000年以上も前のものですよー。すごくないですか?

下は炭化した穀物がたくさん出てきたことから、穀物倉(Granary)と呼ばれている建物です。
本当の用途ははっきりとはわかっていません。

丘のいちばん高い所に宮殿がありました。

今ある遺跡は紀元前13世紀ごろのものですが、紀元前3000-2000年ぐらいにはすでに何らかの建物があったのではないかといわれています。

下は地下貯水池への入り口です。ミケーネ文明がいかに高度な文明だったかを後世に伝えるもの。

北門です。ダンナが写っているのは大きさの比較の為(笑)

こちらもダンナ入りです。紀元前16世紀に王族の墓地として使われていた場所の一部です。
元々は城壁の外にあったのですが、紀元前13世紀に城壁が拡張された為に、内部に取り込まれたそうです。6層になっていて、その中の5層をシュリーマンが発掘しました。

下のも墓地です。紀元前15世紀初めのもの。全部石造りです。
これだけ年数が経っているのですが、屋根が崩れるってことはないのでしょうねー。
トロイア戦争の登場人物でもあるアガメムノンの墓とされているのも同じ形のものです。行ったのですが人が多くて良い写真がなかったので、こちらで代用しました。

オリーブ油商人の家があったところ。4軒の家があったそうです。
クレタ島製の容器にオリーブ油が保存されていたことから、クレタと交易があったことが分かっています。

ミケーネ文明が栄えていた時代は、エジプトでは最大のファラオと呼ばれたラムセス2世がいた時代でした。中国では考古学的に存在が確認されている最古の王朝、殷の時代。古代のロマンを感じてしまいますね~♪

ナフリオン

ギリシャ独立後の最初の首都だったナフリオンです。
ペロポネソス半島の旅の終りにここで3泊しました。

ギリシャ本土でいちばんきれいな町のひとつとされています。

生憎ここにきてお天気が悪くなってしまいました。

タコのトマト煮でも食べて、元気を付けましょ~。

次の日は再び遺跡巡りです。

メッセネの市壁

古代都市メッセネは市壁に囲まれていました。その跡が今でも残っています。

赤い車は今回、ペロポネソス半島周遊の為に借りたスコダ・ファビアです。エンジンがダンナのバイクよりも小さいという驚きの車。馬力はないですが、小回りが利いて、ヨーロッパの狭い道に最適でした。久しぶりのマニュアル車に私の専属運転手(!)はかなりご機嫌でした。

という車の話はさておき、市壁です。

建設は紀元前4世紀、壁は高さが約4.5m、幅が約2.5m、全長が約9㎞だそうです。
スパルタの支配から解放された後、85日で完成してしまったそうです。

今は機械の力がありますが、当時は人力。相当数の奴隷が存在したのかもしれません。
現代人で、しかも先進国に生まれてよかった!

驚きの無料宿泊の後だったので、この日はまともなホテルに泊まりたいと、探したのがこちら。

スパルタの近くの山の中の隠れ家風ホテルです。
「スパルタ」という名前は有名ですが、紀元前5世紀に栄え、紀元前4世紀には既に落ち目になっていたようです。今では観光名所も特になく、普通の町という印象でした。

ホテルには山の中を車で、走って、走って、着きました。
1泊だけではなく1週間ぐらいのんびりと過ごしたい感じの所でした。

山の中の一軒家なので、食事もホテルで。

部屋にキッチンもついているので、長期滞在して、自炊する泊り客が多いようでした。

メッセネ

無料宿泊の夜が明けて、朝に目指したのは古代都市メッセネです。作られたのは紀元前4世紀。
保存状態が良く、丁寧に修復されています。この遺跡は熊本大学工学部も研究調査を行っています。詳細はこちら。
観光客の数はそれほど多くなく、ゆったりと見学できました。

医学の神、アスクレピオスの神域です。ここがこの都市の政治と宗教の中心でした。

きれいに修復された劇場。幅が96.6mあります。

圧巻は修復されたスタジアムです。こちらが全景。

劇場とスタジアムは古代ギリシャの生活に欠かせないものだったようですね。

近くに行ってみました。
向こうの端からスタートして、観客席側がゴールだそうです。

観覧する人。

スタジアムの周りに柱がぐるっと建てられています。当時は屋根がついていたようです。

こちらはパライストラと呼ばれる建物で、レスリングの競技場として使われていたそうです。

競技で疲れた後、汗を流すのはこちら、浴場です。

床のモザイクも修復されていました。うっとりでした。

ギリシャのあちらこちらでたくさん見かけたこの花。夾竹桃ですよね?

「あの花なに?」
「キョウチクトウ」
「え?キチジョウジ?」
ダンナには両方とも同じような音に聞こえるらしいです。
遺跡を見ながら、何の話をしているのやら、、、ですね。

びっくりのホテル

オリンピアから南へ下りメトーニ(Methoni)へドライブ。
ガイドブックお勧めのレストランで昼ご飯を。下のは私の肉詰めナスです。

ギリシャ料理を食べ過ぎたためか、それほど感動はありませんでした。
代表的なギリシャ料理、ムサカはこの旅で嫌いになってしまったほど。
ギリシャサラダとかサガナキとかは依然として好きですけれど。

レストランの近くの海にベネチア時代の要塞があったのですが、暑すぎて挫けて行きませんでした。
写真もありません。

この日の泊りはコロニという海辺の町。
前日にどこに行こうかと迷い、海の見える部屋が予約できるというのでホテルを決めました。
ホテルへ行ってみると、奥のほうでお昼寝をしていたらしきおばさんが出てきて対応してくれたのですが、英語ができません。どうやら家族経営のホテルのようです。

息子に電話して通訳をしてもらった結果、海の見える部屋は、手違いで他の人を入れてしまったのでした。仕方がないので、オリーブ畑が見下ろせる部屋にしてもらったら、今度はネットが使えず、3度目の正直で、全く景色の見えない部屋へ。この部屋はネットの使えない部屋よりも大きく、居心地は良かったのですが、バスルームの電気がつかないことが発覚。おばさんに文句を言いに行って、再び息子に電話してもらって、、、しばらくして今度はおじさんがやってきて、「2部屋続きだったのを別々に分けて改装したら、バスルームの電気がつかなくなったんだよねー。悪いけど、中庭を通ってぐる~っと回ったところにある別の部屋のバスルーム使って。鍵はかけてないから~。」と。なんてこと。

結局、悪かったから、と宿泊料はタダでした。
そうじゃなかったらトリップアドバイザ―などに文句をたらたら書くところでした。
ネットで見ると評判は悪くない宿なのです。最近は何かあるとすぐにネットに書かれてしまいますから、サービス業も大変ですよね。無料宿泊の為ホテルの名前は伏せます(笑)

オリンピック会場

ゼウス神に捧げる古代ギリシャ男子の裸の祭典、オリンピックの会場です。
下はジムナジウム。競技者のトレーニング用の施設です。屋根も付いていました。
今の体育館を大規模にして、豪華にした感じ?

ゼウス神殿。
オリンピック開催時には牛を屠ってゼウスに捧げました。
実際は少しだけ捧げて、後は皆で食べていたそうです。さぞかし大宴会だったことでしょう。

博物館にゼウス神殿の破風の彫刻が展示されていました。破風の彫刻だけでも壮麗です。本物はどんなにか。見てみたかった~。

こちらはゼウスの妃、ヘラに捧げられた神殿です。 紀元前7世紀の建物で、ギリシャ最古の神殿と言われています。オリンピックの聖火を灯す儀式が行われるのがここです。

プリタニオンという建物です。普通は市庁舎などのことを言うのだそうですが、この場合はゼウスの大祭の責任者達が居たところでした。競技の勝者達と招待者達がここで宴会をしたのだとか。

フィリペイオン。マケドニア王フィリッポス2世が戦争の勝利(紀元前338年)を記念して建てたもので、息子のアレクサンダー大王を含む金と象牙でできた家族の像が安置されていたそうです。人間に捧げられた建物はこれだけだったのだそうです。この王様、相当羽振りがよかったのですねー。

ゼウスのブロンズ像が乗っていた台座。16の台座が現存しています。

ゼウスの像は競技でズルをした選手からの罰金で作られました。選手の名前と、どんなことで罰せられたかが台座に書かれているのだそうです。遠くに見えるのが競技場へのゲートです。競技場に入るにはどうしてもここを通ります。これから競技する選手たちへの戒めとして置かれていたのです。

そして、これがゲート。

競技場です。石でスタートラインが作られています。
スタートの仕方も面白いのですが、それについては後日また。

オリンピアのホテルはとても居心地の良い所でした。

芝生での食事が楽しかったです。

レッチーナと呼ばれる伝統的な製法で作られているワインがあります。その昔、甕でワインを保存していた時に、蓋を密閉するために松脂を使っていました。その松脂の風味を伝えるワインです。飲んでみたいと思っていたのですが、不味かったら嫌だと躊躇していました。このホテルのレストランで、「試してみたいんだけどー」と言ってみると、グラスになみなみと「サービス」してくれました。残念ながら、好みの味ではありませんでしたが、旅の思い出となりました。

オリンピア・前置き

ミコノス島にも行く予定でした。ミコノス島からフェリーで行ける遺跡の無人島、デロス島に行きたかったのです。
けれど、ミコノスはサントリーニ島と並んで観光客が多い島です。特に大型のクルーズ船が着くと、押し合いへし合いの混雑になります。サントリーニ島であまりの観光客の多さに閉口してしまったので、ミコノス島は見送ることにしました。
島も良いけれど、基本的にどの島に行ってもビーチでうだうだは変わりません(汗)
それよりはとギリシャ大好きの知人の絶賛お勧めのペロポネソス半島に行ってみることにしました。

ナクソス島から飛行機であっという間にアテネ、空港で車を借りて、まず目指したのがオリンピアです。
紀元前8世紀から紀元4世紀まで続いた古代オリンピックの開催地です。

古代のオリンピックは4年に1回の大行事でした。戦争時でもオリンピック期間中は休戦になったりしていたそうです。参加者はギリシャの市民権を持つ男子のみ。ギリシャ各地はもとより、今のフランスやスペインなどからもはるばる参加したそうです。

そして、なんと競技は全裸で行われました。レスリングとバンクラチオンと呼ばれる格闘技では全裸の上に体中に油を塗っていたとか。競技はその他にも円盤投げ、ボクシング、短距離競争、幅跳び、戦車競走など。

。。。2日続けて早朝ゴルフだったので、今日は早寝しますー。
実際のオリンピアの様子は明日に。