6月のイベント

今年の初めに1ヶ月に1回は特別なことをしようと計画していました。
1月は元旦に湖に飛び込む行事と5コースのトリュフ尽くしのディナーに参加し、
2月は圧雪車にのって山の上のレストランにディナーに出掛け、
3月は大翔と一緒にホテルバンクーバーに宿泊しました。
そこで、コロナの蔓延により、計画が涙の中断。
予定していたポルトガルとパリへの旅行もキャンセルする羽目になりました。

公式発表によれば、私達が住むBC州はそれほど発病件数が多くありません。
件数は検査した人数によって違ってくるのかもしれないので、鵜呑みには出来ませんが、それでも、同じ州内で動くのならば比較的安全のようです。
やっと最近レストランも営業を開始したので、6月のイベントとして、車で1時間半ほど南にあるワイナリー巡りをすることにしました。

へスタークリークというワイナリーのレストランから見た風景です。
バラとラベンダーが咲き乱れ、遠くにブドウ畑が広がっています。
レストランでの食事は3ヶ月ぶりでした。
この他に2軒のワイナリーで試飲し、チーズ屋も兼ねているもう1軒でチーズを2種類買ってきました。

大翔はこの時は良い子でお留守番していてくれました。
これはその翌日のこと。

何故吠えているのかと言うと、

この小さいのは、たぶんガータースネーク。
毒はないのですが、大翔が噛まれたら大変なので、引き離しました。

バンクーバーに行ってきました

大翔と一緒にバンクーバーに行ってきました。
いつもは義姉宅に泊まりますが、今回はホテルに1泊しました。
バンクーバーのホテル、冬の間はお得なのです。夏には値段が跳ね上がります。

泊まったのはホテル・バンクーバー。昔からわんこに優しいホテルとして有名です。部屋にはわんこベッド、フードと水のボールにお試し用のフードまで用意されていました。上に写っているのは持参のボールです。私達は部屋に備え付けのコーヒーカップなどを使うのに、大翔には備え付けのボールは衛生面が心配で、使わせたくないって、何でしょねぇ。

大翔は旅に出るとストレスで食欲が減退します。姫も同じタイプでした。
ですが、部屋に置いてあったフードは特別と思うのか、食べてくれました。
このフード、大翔のフードローテーションに使おうかと思っていた品質の良いフードでした。さすがわんこに優しいホテルです。

コンシェルジェのデスクにスタッフわんこのラブ2頭が常駐しています。この時は休憩中だったようです(笑)

大翔、去年の長いドライブ旅行の成果か、エレベーターの乗り降りも問題ありません。

普段とは違う賑やかな街並み、少し勝手が違った様子ではありましたが、ご機嫌に散歩してくれました。

今回のバンクーバー滞在は、日本食料品の買い出し、日本人経営の美容院行き、そして、甥っ子夫婦が 5か月前に生まれた 長男連れでトロントから来ていたので、会いに行くのが目的でした。ですが、大翔の写真だけで、甥っ子家族の写真は一枚も撮らなかったのに後から気が付きました。私にとっての優先順位。。。

2月のイベント

2020年は区切りの年なので、記念に毎月1回は特別な事をしようと計画しています。1月は元旦の湖に飛び込むイベントと5コースのトリュフづくしディナーでした。
今月はスキー場で、圧雪車に乗って山の頂上にあるレストランまで行き、ディナーを楽しむというイベント。

友人夫妻の招待です。私達のグループ4人と、オーストラリア人グループ10名。カナダのスキー場はオーストラリア人に大人気で、スキーヤーだけでなく、このスキー場で働く人たちの75%がオーストラリア人なのでそうです。

抽選に当たったので、助手席に乗せてもらえました。

レストランに到着。圧雪車の他に馬車で他のレストランに行くという手段もあるそうです。機会があったらそれも試してみなければ♪

5時半に我が家を出て、帰って来たのは真夜中過ぎでした。
大翔は良い子でお留守番してくれました。

ダンナ作の雪像に囲まれる大翔。

大翔が攻撃するので、なかなか雪だるまが作れないのです。

ふたたびロンドン

だらだらと続けている旅レポです。
ウィーンに1週間滞在し、その後、再びロンドンへ。
早速パブへ直行し、そして、

ロンドンと言ったらインド料理ですよね。

美味しかったです。

ロンドンに滞在中には必ず行く、テート・ブリテン。
20歳そこそこの時に初めてロンドンに行き、テート美術館(その時はまだテート・モダンはありませんでした)でターナーの絵に感動してから、ここは私の聖地でした。ですが、前回はターナーの絵が多数貸し出されていて、イマイチ。そして、今回も、いまひとつ物足りない印象でした。

20歳の頃に比べると、たくさんの美術館でたくさんの芸術に触れて、感性が磨かれたのか、それとも、摩滅したのか。。。うぅぅ。。
特別展は工具などの様々な機械等。これも芸術?
現代アートって何だかわからないことが多いです。

次に行ったのはデザイン・ミュージアム。
かの有名なテレンス・コンラン氏が創設者です。

帰りの便がガトウィック空港からだったので、便利の良いビクトリア駅から直通の通路のあるホテルに泊まりました。ネットで見つけて格安だったので、予約しました。チェックインして部屋に行ってみると、ロビーからのエレベーターは6階までで、それから別のエレベーターに乗り換えて7階へ。部屋は屋根裏部屋のような狭さ。道理で格安なはずです。
フロントに行って、部屋を代えてもらいました。追加料金は取られましたが、普通の部屋で、ひと安心でした。
しかも、このホテル、翌朝に火災警報が鳴って、泊り客が全員雨の中を外に出る騒ぎになりました。私達は着替えてから外に出ましたが、中にはバスローブのままの人達も。私達はそのまま朝食を食べに出掛けたのでそれほど迷惑はかからなかったのですけれど。ちなみにどうして警報機が鳴ったのかわからないままでした。

安いものには落とし穴があるという教訓!?

これにて、旅レポはおしまいです。長々おつきあい、ありがとうございました。

ウィーンの食べ物

ウィーンでの食事は最初から失敗。。。
夜の到着だったので、泊っている場所の近くの「伝統的なオーストリア料理」のお店へ。この彩りの無さ、野菜の少なさは何でしょ?しかも塩辛い。

大人気で、行列ができるホットドッグスタンド、 Bitzingerで、ウィーンに住んだことのある知人のお勧めのチーズ入りソーセージ、ケーゼクライナーを食べてみたのですが、不味い!日本のガイドブックにも載っているので、日本人が食べても美味しいはずなのに、何故に。。。(涙)

この後、行ったレストランのお料理も塩辛いことが多かったのです。味覚が違う?もっとレストランも下調べをすれば良かったーと悔やみました。キッチンが付いているアパートに泊まったので、スーパーで材料を買って、料理できたのが救いでした。

唯一美味しかったのは、名物ウィーナーシュニッツェルでした。有名な Figlmuller へ行ったのですが、本店も支店も長蛇の列。お腹が空いていたので、本店の向かいの店へ。有名なお店でなくても美味しかったです~♪ 

デザート類は美味しかったです。ザッハトルテを賞味しに、元祖のホテル・ザッハーやデメル、カフェ・モーツアルトに行ってみたのですが、どこも長蛇の列でした。そこで、普通のカフェへ。これがまた美味でした。

ウィーンはコーヒーが最高~!コーヒーを注文すると必ず小さなグラスでお水が付いてきます。

食事は合わなかったけれど、コーヒーとペーストリーを堪能した滞在でした。

可愛いハロウィーンのケーキ。買って帰りたかった~♪

ウィーン その3

ウィーンは観光と音楽が目的だったので、美術館はアルベルティーナだけしか行く時間がありませんでした。デューラーの展示が圧巻でした。

デューラーの作品は昔から好きでした。こんな絵や版画を作る人って、ものすごく細かい性格をしていたのではないかと思います。

アルベルティーナ美術館、元々はハプスブルグ家の宮殿だったそうです。

部屋の隅には綺麗なストーブもありました。
ミューズの間。色々な女神の像が飾られています。

この日は、夕方から再びオクトーバーフェストへ。
民族衣装を着た人がたくさんいて、楽し~♪ 

オクトーバーフェストでフォークソングを楽しんだ後は、Musikverein(学友協会)でのハイドン・カルテットのコンサートへ行ってきました。

観客に観光客が多いのにびっくりでした。私達も観光客なのですが。。。
次回はウィーンフィルの演奏を聴きに行きたいです。チケットを取るのが大変らしいのですけれど。美術史美術館も見逃したので、フェルメールとクリムトの絵は次回までお預けです。

ウィーン その2

シェーンブルン宮殿、王宮、家具博物館の3つがセットになったシシー・チケットを購入しました。シシーとは エリザベート皇妃 の愛称です。 オーストリア・ハンガリー皇帝、フランツ・ヨーセフ1世のお妃 でした。

バイエルン公爵の娘だったこの人、皇帝に見初められて16歳で結婚しましたが、姑のゾフィー大公妃が仕切る堅苦しい宮廷生活に慣れず、頻繁に旅行に出かけ、宮廷を避けたそうです。 美貌で、身長が172㎝、体重が43-47kg、ウェストが51㎝という体型を維持するために、運動と過激なダイエットをしていたとか。1898年、旅行中にイタリア人の無政府主義者に暗殺されました。
映画化されて、美化された人物ですが、ただの自己中のワガママ貴族だったとも言えるかもです。

ともあれ、セットになっていたので、家具博物館にも行ってきました。

おびただしい数の家具がありました。

特に椅子は、これからは椅子の展示は見なくて良いです、と言うぐらいの数。

展示ですが、座っても良い椅子の数々。

次の日は、フンデルトヴァッサーハウスへ。ウィーン生まれの芸術家、フンデルトヴァッサーがデザインした公共住宅です。

自然と建物の融合を目指しているのだとか。

ユニークでカラフルな建物は、不思議に周りと調和していました。

日本に住んでいたこともあるそうで、大阪舞洲のごみ処理工場などはこの人のデザインだそうです。 検索してみて下さい。

夜にはモーツアルトハウスへ。ピアノの伴奏でチェロのリサイタルでした。

チェロ奏者は20年に渡たってウィーンフィルのプリンシパルチェリストである、Tamás Vargaさん。モーツアルトが住んだことのある建物の地下で、観光客向けではない大満足の演奏でした。

ウィーンにて

ロンドンを後にしてウィーンへ。1週間の滞在の目的は音楽と観光です。
丁度着いた日の翌日が日曜日で、ハプスブルグ王宮礼拝堂でのミサがありました。ウィーン少年合唱団が出演していて、ミサですが、チケットを購入する必要があります。曲目はモーツアルトの「ミサ曲 第10番 ハ長調 K.258」、ピッコロミニ・ミサと呼ばれている曲です。

席は、もちろん指定席です。ミサの間は最上階で歌っていて、姿は見れません。
ミサが終わってから前に出てきて、1曲だけ歌ってくれました。
ミサ用の歌を、コンサートホールではなくて、作り手が意図した場所で聴けるのは特別な気がします。

翌日はハプスブルグ家の夏の離宮、シェーンブルン宮殿へ。美しい宮殿と庭園はもちろん世界遺産です。

そして次の日は王宮へ。優雅な建物は、ここがかってヨーロッパでも有数の帝国の首都であったことをうかがわせます。ハプスブルグ家はヨーロッパ各地の王室と婚姻関係を結ぶことで、影響力を拡大していったのでした。

夕方にはウィーンのオクトーバーフェストを覗いてみました。

陽気な音楽とたくさんの酔っ払い達。。。なにせ、ビールジョッキが1リットル入りですから。半分の量も注文できますが、やはり行ったからには飲まねば!

夜にはペーター教会での室内楽コンサートへ。

思っていた通り、観光客向けのコンサートで、なじみのある曲目が続きました。

ロンドンで

コッツウォルズの旅を終えて、ロンドンで3泊しました。
博物館と美術館巡りが主な目的です。入場料が無料なのが魅力です。ですが、今回はどこに行っても、入り口に必ず寄付を募る箱が置いてありました。以前はそういうのもなかったのですが。

ロンドンに着いた日はオペラハウスへ。出し物はドン・ジョバンニでした。
信じられないぐらいな女たらしのドン・ジョバンニがあっちこっちの女性を泣かせて、結局は地獄に落ちるという悲喜劇です。

本当はこの後行ったウィーンでオペラを見たかったのですが、チケットの値段の高さに断念。。。パリのオペラは政府の補助のおかげか、値段が抑えられていて、いちばん良い席でも180ユーロ程度だったのに、ウィーンでは350ユーロぐらいでした。他にも色々とコンサートに行きたかったので、断念して、代わりにロンドンのオペラハウスの上の方の席のチケットを取りました。

帰りにオペラハウスの中に素敵なバーとレストランがあるのを発見。
次回はここで食事したいものです。

博物館巡りの最初はヴィクトリア・アンド・アルバート博物館。数あるロンドンの博物館の中で、ここが一番好きです。

いつも時間がなくて、一部分だけしか見ていなかったのですが、今回はじっくりと見て回りました。下はカフェテリアの一部。セルフサービスのカフェなのに食事の種類が豊富で美味しくて、しかも内装まで楽しめて、大満足でした。

大英博物館は獲得したり、略奪したりしたものを所狭しと並べてあるという印象で、私の基準であるルーブル美術館と比べると、ちょっと展示方法に見劣りがするような気が。こっちは博物館で、ルーブルは美術館なので趣旨が違うのかもしれませんけれど。

スコットランド、ルイス島のチェス駒。セイウチの牙で出来た12世紀のもの。
しゃがむヴィーナス

この日の夜はウィンダムズ・シアターへ”The man in the white suit (白いスーツを着た男)”を見に行きました。汚れず、擦り切れない生地を発明しようとすることにまつわるイギリスらしいコメディーです。

この夜も席は上の方で。。。(笑)

シェイクスピア続き

シェイクスピアの生家への入場券にはそこだけのものと、他の関連施設への入場券がセットになったものがありました。せっかくなので、全部入れるコースを選択。あまり期待していなかったのですが、ここ、Mary Arden’s Tudor Farm(メリー・アーデンのチューダー様式農家)はとても面白かったのです。Mary Ardenは シェイクスピア の母親です。裕福な地主の娘だったそうです。

当時の服装をした人々が出迎えてくれ、当時の様子を再現してくれます。

当時の食事の様子も実際に見せてくれます。
地主は人を雇って農作業をしてもらうのですが、雇用内容に食事を提供することも含まれていて、それが美味しくないと、良い人達が雇えなかったそうです。
今も昔も、食事って大切!

生後8か月のフクロウ。大勢の人の前で飛ぶのは初めて。しかも、雨なので、倉庫の中での演技でした。上手に飛んでくれて、たくさんの喝采を浴びました。
鷹匠も嬉しそうです。

この時代は身分によって使える鳥が決まっていて、貴族以外は小さな野鼠などを捕まえるような鳥しか使えなかったのだそうです。

下はアン・ハサウェイ(シェークスピアの妻)のコテージです。ふたりが結婚したのはシェイクスピアが18歳、アンが26歳の時だったそうです。夫が年下の年の差8歳、しかも出来ちゃった結婚でした。当時はそんなの普通だったのでしょうか?

こちらはふたりが眠るホーリー・トリニティー教会です。

内陣に埋葬されているということは、有名人でお金持ちだった為でしょう。

英国の誇る偉大な詩人・作家を偲ぶ旅はここで終了です。
ちなみに泊まったホテル、劇場のすぐ前で、とても気に入って、1泊の予定を2泊に延長しました。

ホテルの庭。後ろに見えるのが劇場。

The Arden Hotel, Waterside, Stratford-upon-Avon