ナクソス島のレストラン

今日はナクソス島の美味しかった料理について書くぞ~と思ったのですが、ギリシャの料理って視覚的に今一歩なのです。ご容赦ください。

入り浸っていたビーチ沿いのレストランのメニューです。

下のは前もって予約をしておかないと食べられない魚のスープ。
スープ用の魚が手に入らないとできないし、作るのに時間もかかるのです。
レモンの風味がきいていて、見た目はともかく、中身は大満足の味でした。

スープに使った魚が一緒に出てきてしまうのが、ギリシャ!
美味しさはスープに出てしまっていると思うのですが、それでもまあまあ美味しかったです。

昼間はビーチにレストランのビーチチェアーがずら~っと並んで、そこでごろごろしながら、レストランに飲み物や食べ物を注文するというシステムになっています。そして、夜になると

ビーチがレストランに。
夕日を眺めながら食事をし、暗くなるとキャンドルに灯がともります。
ロマンチック~♪

もう一軒気に入ったレストランはここ。

ナクソス・タウンをうろうろしていた時に見つけました。
ふたりのおばあちゃま達が料理を担当。
テイクアウトを注文して、出来上がりを待っていた地元の人が「ここは本当にお母さんの手作りの味だから~」と自慢げに教えてくれました。

フェタチーズたっぷりのサラダ。

野菜の煮込み。

散々ギリシャ料理を食べて、もう当分いいわ~と思っていたのですが、写真を見ているとまた食べたくなってきました(笑)

ナクソス島

フェリーで次の島、ナクソス島へ。
フェリー乗り場にはスーツケースを持った人々の群れ、群れ、群れ。まるで難民の大移動の様でした。
ナクソス島だけでなく、色々な島へのフェリーが出ています。
フェリーは1時間25分ほど遅れて出発。遅れたり、欠航したりするというのは聞いていたのですが、やっぱり。ですが、今回の旅で、時間通りに事が運ばなかったのはこの時だけでした。
比較的幸運だったと言えるのではと思います。

快速フェリーに乗ったのであっという間にナクソス島に着きました。
ナクソス島はキクラデス諸島と呼ばれる島々(サントリーニ島も含まれます)の中でいちばん大きく、唯一食料を自給自足できる島です。その為、食事も美味しいのだとか。そこ、ポイント高しですよね?

そして、ビーチがとても綺麗だったのです。見て下さい、この透明な水!

水着写真も撮りましたが、とても公開できないので、足だけ(笑)

泊ったのはアギア・アナという地域で、4日間の滞在中、ほとんどビーチやプールサイドでうだうだしていました。
10分ぐらい歩いたところにはアギア・プロコピオスというビーチもありました。ビーチの綺麗さは変わらず、こちらのほうが観光客が多いので、アギア・アナにして正解でした。

ごろごろの合い間に首都のナクソス・タウンに行ってみました。
ナクソスの象徴とも言えるアポロ神殿のポルタラ(門)。紀元前530年頃のものだそうです。

そこから見たナクソス・タウン、

町の中は細い道がくねくねと続き、その両側に土産物屋、レストラン、カフェなどが続いていました。

噂の通り食事も美味しく、大満足でした。明日は食事の話です。

フィラへ

夕日の綺麗なイアからサントリーニ島の首都フィラに移りました。
イアかフィラのどちらに泊まろうか悩んで、結局両方に泊まることにした結果です。
どちらかと言えばイアのほうが好みだったかなと思います。
どちらの町も観光客で溢れかえっていたのですが、ハイシーズンの7、8月になると6月の3倍ぐらいの数になるのだそうです。怖いわ~。

フィラの町角。

画廊の装飾が楽しい~♪

路線バスはフィラからの発着になるので、どこへ行くにも便利です。しかも、路線バスが観光バスのように大型で、窓も大きいのでとても快適でした。そのバスを利用してペリッサビーチに行ってみました。
黒い砂浜です。


ビーチをうろうろして、お昼を食べて帰りました。


この翌日に次の島に渡りました。今回は短くてすみません。次に続きます。

シーフードを求めて

島にいるのですから、美味しいシーフードが食べたいではないですか?
そこでホテルの人に尋ねると、港に面したレストランがお勧めとのこと。
港までず~っと階段が続いていて、下っていくと10分ぐらいで港ですよ~。
そうですか、そうですか、行ってみようじゃありませんか~♪
この軽い乗りが「地獄の階段」への恐怖の第一歩でした。

ずっと下のほうに見えるのが港です。

階段ですが、延々続くのはまあ仕方がない(絶対に10分以上!)にしても、石で舗装されていてガタガタ、しかも一段一段が平らではなく、下に傾斜していて歩きにくいことこの上ありません。もっと悪いことに、あちらこちらに落ちているロバのフンを避けて歩かないといけなかったのでした。

昔はサントリーニ島というとロバで急斜面を上がっていくので有名でした。
今は車道があって、ロバを使わなくてもタクシーで大丈夫です。ですが、観光用にロバもいるのです。
レストランに着いてから、お店の人に、階段を下ってきたと話したら、「え!どうして?タクシーを使わなかったの?」とびっくりされました。ホテルの人の案内は何だったのでしょう、うっく(涙)

ロバはこの可愛いビールの銘柄だけにして欲しかった~。サントリーニ島の地ビールです。

やっとたどり着いた港。

レストランです。

大盛のサラダと下の写真の魚のグリル。美味しかったですが、シーフードは日本で食べたほうが良いかも。

愛ちゃんママさんのリクエストにより、白とブルーの写真を載せておきます。

夕日に映える白とブルーも。

もうひとつサントリーニ島で嫌だったことは、トイレットペーパーをトイレに流せないこと。トイレの横に置いてあるゴミ箱に捨てます。島の下水事情の為だそうです。火山岩でできた島なので、下水道の建設が難しいのかもしれません。
実はサントリーニ島だけでなく、ギリシャのあちらこちらでそういうことがありました。配水管が細すぎるのだそうです。配管やり直せよーっと思います。ほら、わんこもふて寝しているじゃありませんか!

ギリシャは何処へ行っても自由~なわんこが多く、この子も飼い犬のようなのですが、放し飼いです。
朝のひんやりした歩道の真ん中で寛いでいました。

島に到着

愛ちゃんママさん、お待たせしました。ようやくサントリーニ島です。

アテネからサントリーニにフェリーで行くか、飛行機にするか迷ったのですが、高速フェリーで5時間、飛行機は45分、、、飛行機でしょ~。旅の情報を集めていた時に、ギリシャはフェリーが遅延したり、欠航したりすることがあり、それどころか空の便も遅延するなどと怖ろしい話をあちらこちらで聞きました。飛行機、大丈夫かしら―と内心ヒヤヒヤでした。

ところが予想に反して、定時離陸、定時に到着。スムーズで快適な空の旅でした。
イアで3泊、フィラで2泊しました。
イアのホテル。サントリーニの色、白とブルーで、ゆったりとしたホテルでした。
暑いのでプールは必須です。

イアは夕日が綺麗なので有名です。ホテルには夕日を見る為の高台がありました。

こちらは違う日のレストランのテラスからの夕日。曇っていたのですが、それはそれで、雲が夕日に照らされて幻想的です。

夕日を撮影する人々。

日本でだって海に沈む夕日は綺麗ですし、我が家からも夕日は見れます。
なので、夕日を見るだけの為だったら、別にサントリーニ島に来る必要はないかなーなどと思いながらの夕日鑑賞、、、

撮影と言えば、ハネムーンの写真を撮る中国人カップルがうじゃうじゃいました。

カメラマンとアシスタント付きで、あっちにもこっちにも。暑いのにドレスとスーツで、大変でしょう?と思うのですが、熱々カップルにはそんなこと気にもならないのかもしれません。

とにかく絵になる島なのです。

お店のマネキンまで絵になってしまいます。

絵になる風車もあります。

サントリーニ島の話、次に続きます。

古い建物なのですが、、、

早朝のデルフィ遺跡見学からホテルに戻り、シャワーを浴びてホッと一息。
ギリシャではホテルのチェックアウトが12:00なので、余裕があって助かりました。
次の日の早いフライトでサントリーニ島に向かう予定の為、この日はアテネ空港の近くに1泊です。
デルフィからアテネまでは車で2時間ほどです。

ホテルを出てから海を見に行ってみました。

海辺の小さな町、Lindosのシーフードレストラン、Dolphins(いるか)にて。お昼。
例によって小魚のフライ、そしてエビのサガナキです。エビをトマトソースで煮こんで、フェタチーズを加えたもの。
この二皿と、山盛りのサラダ(ギリシャのサラダは大量です)、そして、レストランでは注文しなくても必ずと言っていいほど出てくるパンとでお腹がいっぱいです。パンはもちろん料金を取られます。いらないならば断っても大丈夫です。

ギリシャ料理は見た目に凝っていないので、写真を撮る意欲があまりおきません。
よって、サラダの写真はありません。

時間があるので途中にあった世界遺産、オシオス・ルカス(Hosios Loukas)修道院へ行ってみました。
ビザンチン中期の建物だそうです。敷地はかなり大きいです。今でも現役の修道院だそうです。

作られたのは10世紀。

聖堂に金地のモザイクが残っていました。

実は「あら~、紀元10世紀のだなんて、新しい~」などとうそぶいて、真面目に見学しなかったのは私です。デルフィ遺跡の直後だったので、時代感覚がずれていました(笑)

お告げを受けに?

メテオラに2泊した後、少し南に下り、着いたのがここ「世界の中心」です。

ゼウスが水平線の両端から2羽の鷲を放ち、それが出会ったのが「世界の中心」デルフィだったという言い伝えがあるそうです。アポロ神殿に使える巫女ピューティアがトランス状態になって告げる神託によって、国の重要事項を決めていたと言います。紀元前8世紀には神託の権威が確立していて、紀元4世紀まで続いたのだそうです。

遺跡には必ず博物館が併設されています。
デルフィに着いた日が珍しく雨だったので、博物館に先にいきました。そして翌日に遺跡の見学。
この順番のほうが遺跡の由来などが分かって良かったのですが、他の遺跡見学の時は暑すぎて、博物館を先にするすると、遺跡を見る時には太陽がカンカン状態になるので、博物館を後にせざるを得ませんでした。

前置きがながくなりましたが、デルフィ遺跡です。
歩く順番とは違うのですが、何はともあれアポロ神殿。

こんな建物だったそうです。中央にアポロの像があって、神託が行われたのは地下だったとか。

神殿には各地から多くの貢物が贈られました。それを収納しておく宝庫の跡がいくつか残っています。いちばん保存状態がよいのが、アテネの宝庫です。

こんな感じの建物だったそうです。

ローマ時代のアゴラは入り口付近にありました。

デルフィの聖域のあちらこちらに高い像が飾られていたようです。

見たかったですね~、昔のデルフィ。

どんなお告げがいただけたことか。実際の予言はかなり抽象的で、解釈によってどうにでも取れるようなものだったそうですけれども。

劇場もありました。

競技場も。

ここではオリンピックのように4年に1回、競技大会が行われていたそうです。
現在でもオリンピックの他に、色々なスポーツの世界大会がありますから、今も昔もそういうのが好きな人間の性格って変わらないようですね。

アテネから北上

アテネで車を借り、ギリシャ中部へ。
アテネ市内を抜けるまではかなり渋滞していましたが、その後はスムーズでした。と言うか、整備された快適な高速道路にはあまり車が走っていません。それほど使われない高速道路に税金をつぎ込むという経済対策の失敗か?などと考察しながらも、呑気な旅行者はその恩恵を十分に受け、ドライブを楽しみ、着いたのがここです。

メテオラ。世界遺産です。
奇岩の上に修道院が建てられています。修道院は全盛期には20以上あったそうですが、現存するのは6つだけです。

いつ頃ここに修道院が出来たのかははっきりしないそうですが、11世紀末から12世紀初めにかけて、修道士達が集まって暮らしていたそうです。14世紀に今も残っている最大の修道院が建てられました。政治的な思惑から逃れ、オスマン帝国などの外敵から身を守り、独自の生活を送るには最適な環境でした。

暑いのでいつものように早朝の見学です。まず、最大の修道院、メガロ・メテオロン修道院へ。

昔のキッチンが公開されていました。

昔のワイン造りの道具なども所狭しと置かれていました。ワインは修道生活にも必需品だったようです。

その他、教会や小さな美術館なども見学できました。修道士達が生活している場所はもちろん立ち入り禁止です。

次に行ったのはヴァルアラム修道院。

窓から紐が垂れ下がっています。昔は紐に網を括り付け、荷物や人を上に運び上げていたのだとか。この修道院では373mの高さを引き上げていたのだそうです。普通のビルの75階ぐらい。。。

滑車がありました。今も使われているような?

建物はとても綺麗です。

現在は紐で吊り上げられない代わりに、階段をせっせと登ります。

3番目は今は尼僧院になっているセント・ステファノス修道院。尼僧院という先入観からなのか、女性的な修道院という印象でした。しかも、階段がほとんどなく、道路からすぐに入れて感激でした(笑)


残り3つの修道院も行こうと思えば行けたのですが、ここで息切れ。
修道院の中はどこも同じようなつくりなのです(言い訳?)
ホテルに帰って、お昼にしよぉ~ということになりました。

ホテルで大量のギリシャ料理を食べたにもかかわらず写真がないので、夕食の写真を。
旅の全行程を通して1,2を争うほど気に入った小魚のから揚げ。
冷やしたビールや白ワインとよく合うのです。


地元の白ワイン。その名も「メテオロ」。

ちなみにギリシャの夕食の標準時間は夜の9時頃です。

考古学博物館

アテネ最終日、考古学博物館へ。
パリのルーブル美術館に通っていた時に、古代ギリシャ芸術の展示部分はちらっと見るだけで通り過ぎていたので、あまり興味もないかな~、行くのやめようかな~などと思っていたのですが、やはりせっかくですから行ってみることに。

バスでも行けるのですが、キップの買い方がイマイチわからず、相変わらず早朝で比較的涼しいので、運動も兼ねて歩いて行くことにしました。
途中で無名兵士の墓の前での衛兵交代を見物。
日曜日には大規模な交代があるそうなのですが、この日はこじんまりと。
独特な歩き方が面白かったです。

てくてくと思いのほか長い距離を歩いて、やっと博物館に到着。
少しだけ展示品をご紹介。

ポセイドンかゼウスかで意見が分かれている像。海底から見つかったのだそうです。
紀元前460年頃のもの。麗しい肉体美~♪

オリンピックのレスリングの勝者を称えた石碑。勝者はテネドスという島の出身のデモクラテスという人で、ペロポネソス半島の南にあったEleiansという市がこの人を名誉市民とし、地税を免除し、劇場や競技会や集会で最前列の席を提供することなどが書かれているそうです。紀元前300-250年のもの。

黄金の髪の毛ネット。精巧な彫刻にホレボレです。

どうしてもキラキラしたアクセサリー類に目がいってしまいます。カラスと一緒か?

麗しい像2体。これが中世ヨーロッパのものであってもおかしくない気がします。
はっきりと年代は覚えていないのですが。ふたつとも、もちろん紀元前のものです。

古代ギリシャ芸術、半端なく素晴らしい!

と、すっかり古代ギリシャ文明を見直させていただきました。展示の表示はギリシャ語と英語で丁寧に解説されています。展示の仕方も工夫がされていて、見逃さずに行って良かった博物館でした。

帰り道の途中で中央市場を見つけました。


楽しそうだったのですが、暑さでヘロヘロ状態だったので、写真だけ撮って買い物はせず、無念!

アテネ3日目

3日目も早朝の遺跡見学から。古代アゴラです。アゴラというのは「市場」という意味なのだそうですが、公共の建物や店や文化施設が集まっていた場所のことを言います。このアゴラでソクラテスやプラトンが議論を交わしたり、買い物をしたりしていたのです。

アタロスの柱廊。
ペルガモン(現在のトルコにありました)の王、アタロス2世が紀元前159年から138年にかけて建てたもので、20世紀半ばにアメリカとギリシャが協力して完全に修復した建物です。これが2000年以上も前に作られていたってすごいじゃないですか?
当時はこの建物のあたりがいちばん賑わっていた場所だったそうです。

下の教会は古代のものではなく、10世紀、ビザンチン時代のもの。
アゴラがあった場所に後世、それと知らずに建てられたのでしょう、

内部です。

ギリシャの教会は今でも同じような形をしています。本土の教会は赤い屋根に壁はレンガ色やクリーム色が多く、島の協会はブルーの屋根に白の壁。とても可愛い外見ですが、内部はびっしりと装飾されて、閉塞感が強いかなーと思いました。

石が逃げないように(そう?)ケージに入っていました!

ヘファイストス神殿。
かなり保存状態が良く、原形を留めています。紀元前5世紀の建物です。

遠くに見えるのがアクロポリスです。こうしてみると、古代アゴラはアクロポリスの麓にあったことがわかりますね。
柱の跡が並んでいるのが市場のあった場所だそうです。

暑いのにお疲れ様~の遺跡見学の後にちょっと休憩。
ここはプラカの中にあって、アナフィオティカと呼ばれる地区です。
狭いスロープになった道なりにカフェやレストランがたくさんあります。

丁度アテネ・フェスティバルの時期でした。色々な催しがありますが、何といっても目玉はアクロポリスの麓にある古代劇場、ヘロデス・アッティコス音楽堂が舞台となるもの。2ヶ月ぐらい前にチケットを予約して、わくわくしながら行ったこの日の催し物はヴェルディのオペラ、ナブッコでした。出演者が100人以上プラスオーケストラです。

ソウルに住んでいた時にコーラスグループに入っていました。オペラ歌手の女性が先生で、毎週稽古をつけていただいていました。個人的にはそれほど真面目に練習していたわけではないのですが、他のいくつかのコーラスグループと共にその成果を世宗文化会館で3千人の観客を前に発表したことがあります。その曲目の中のひとつが、このナブッコのヘブライ人の奴隷の合唱「行け、わが想. いよ、黄金の翼に乗って」でした。懐かしくて、オペラの舞台でこの歌が流れ始めると、つい小声で口ずさんでしまったのですが、この歌は相当有名らしく、私の周りのたくさんの人が同じように口ずさんでいました。

オペラの衣装は残念ながら現代風で、悪役をナチスに、ヘブライの奴隷達を迫害されたユダヤ人達になぞらえたものでした。豪華な衣装はありませんでしたが、さすがの舞台にうっとりでした。ちなみにソプラノのアビガイッレ役は韓国人の歌手、Sae Kyung Rimでした。上の左から4番目です。ミラノのスカラ座の卒業生だそうです。迫力のある歌声で大満足させてくれました。ソウルで練習した歌を韓国人歌手が出る舞台で見るって、なんだか不思議な偶然ですよね。