ふたたびロンドン

だらだらと続けている旅レポです。
ウィーンに1週間滞在し、その後、再びロンドンへ。
早速パブへ直行し、そして、

ロンドンと言ったらインド料理ですよね。

美味しかったです。

ロンドンに滞在中には必ず行く、テート・ブリテン。
20歳そこそこの時に初めてロンドンに行き、テート美術館(その時はまだテート・モダンはありませんでした)でターナーの絵に感動してから、ここは私の聖地でした。ですが、前回はターナーの絵が多数貸し出されていて、イマイチ。そして、今回も、いまひとつ物足りない印象でした。

20歳の頃に比べると、たくさんの美術館でたくさんの芸術に触れて、感性が磨かれたのか、それとも、摩滅したのか。。。うぅぅ。。
特別展は工具などの様々な機械等。これも芸術?
現代アートって何だかわからないことが多いです。

次に行ったのはデザイン・ミュージアム。
かの有名なテレンス・コンラン氏が創設者です。

帰りの便がガトウィック空港からだったので、便利の良いビクトリア駅から直通の通路のあるホテルに泊まりました。ネットで見つけて格安だったので、予約しました。チェックインして部屋に行ってみると、ロビーからのエレベーターは6階までで、それから別のエレベーターに乗り換えて7階へ。部屋は屋根裏部屋のような狭さ。道理で格安なはずです。
フロントに行って、部屋を代えてもらいました。追加料金は取られましたが、普通の部屋で、ひと安心でした。
しかも、このホテル、翌朝に火災警報が鳴って、泊り客が全員雨の中を外に出る騒ぎになりました。私達は着替えてから外に出ましたが、中にはバスローブのままの人達も。私達はそのまま朝食を食べに出掛けたのでそれほど迷惑はかからなかったのですけれど。ちなみにどうして警報機が鳴ったのかわからないままでした。

安いものには落とし穴があるという教訓!?

これにて、旅レポはおしまいです。長々おつきあい、ありがとうございました。

ウィーンの食べ物

ウィーンでの食事は最初から失敗。。。
夜の到着だったので、泊っている場所の近くの「伝統的なオーストリア料理」のお店へ。この彩りの無さ、野菜の少なさは何でしょ?しかも塩辛い。

大人気で、行列ができるホットドッグスタンド、 Bitzingerで、ウィーンに住んだことのある知人のお勧めのチーズ入りソーセージ、ケーゼクライナーを食べてみたのですが、不味い!日本のガイドブックにも載っているので、日本人が食べても美味しいはずなのに、何故に。。。(涙)

この後、行ったレストランのお料理も塩辛いことが多かったのです。味覚が違う?もっとレストランも下調べをすれば良かったーと悔やみました。キッチンが付いているアパートに泊まったので、スーパーで材料を買って、料理できたのが救いでした。

唯一美味しかったのは、名物ウィーナーシュニッツェルでした。有名な Figlmuller へ行ったのですが、本店も支店も長蛇の列。お腹が空いていたので、本店の向かいの店へ。有名なお店でなくても美味しかったです~♪ 

デザート類は美味しかったです。ザッハトルテを賞味しに、元祖のホテル・ザッハーやデメル、カフェ・モーツアルトに行ってみたのですが、どこも長蛇の列でした。そこで、普通のカフェへ。これがまた美味でした。

ウィーンはコーヒーが最高~!コーヒーを注文すると必ず小さなグラスでお水が付いてきます。

食事は合わなかったけれど、コーヒーとペーストリーを堪能した滞在でした。

可愛いハロウィーンのケーキ。買って帰りたかった~♪

ウィーン その3

ウィーンは観光と音楽が目的だったので、美術館はアルベルティーナだけしか行く時間がありませんでした。デューラーの展示が圧巻でした。

デューラーの作品は昔から好きでした。こんな絵や版画を作る人って、ものすごく細かい性格をしていたのではないかと思います。

アルベルティーナ美術館、元々はハプスブルグ家の宮殿だったそうです。

部屋の隅には綺麗なストーブもありました。
ミューズの間。色々な女神の像が飾られています。

この日は、夕方から再びオクトーバーフェストへ。
民族衣装を着た人がたくさんいて、楽し~♪ 

オクトーバーフェストでフォークソングを楽しんだ後は、Musikverein(学友協会)でのハイドン・カルテットのコンサートへ行ってきました。

観客に観光客が多いのにびっくりでした。私達も観光客なのですが。。。
次回はウィーンフィルの演奏を聴きに行きたいです。チケットを取るのが大変らしいのですけれど。美術史美術館も見逃したので、フェルメールとクリムトの絵は次回までお預けです。

ウィーン その2

シェーンブルン宮殿、王宮、家具博物館の3つがセットになったシシー・チケットを購入しました。シシーとは エリザベート皇妃 の愛称です。 オーストリア・ハンガリー皇帝、フランツ・ヨーセフ1世のお妃 でした。

バイエルン公爵の娘だったこの人、皇帝に見初められて16歳で結婚しましたが、姑のゾフィー大公妃が仕切る堅苦しい宮廷生活に慣れず、頻繁に旅行に出かけ、宮廷を避けたそうです。 美貌で、身長が172㎝、体重が43-47kg、ウェストが51㎝という体型を維持するために、運動と過激なダイエットをしていたとか。1898年、旅行中にイタリア人の無政府主義者に暗殺されました。
映画化されて、美化された人物ですが、ただの自己中のワガママ貴族だったとも言えるかもです。

ともあれ、セットになっていたので、家具博物館にも行ってきました。

おびただしい数の家具がありました。

特に椅子は、これからは椅子の展示は見なくて良いです、と言うぐらいの数。

展示ですが、座っても良い椅子の数々。

次の日は、フンデルトヴァッサーハウスへ。ウィーン生まれの芸術家、フンデルトヴァッサーがデザインした公共住宅です。

自然と建物の融合を目指しているのだとか。

ユニークでカラフルな建物は、不思議に周りと調和していました。

日本に住んでいたこともあるそうで、大阪舞洲のごみ処理工場などはこの人のデザインだそうです。 検索してみて下さい。

夜にはモーツアルトハウスへ。ピアノの伴奏でチェロのリサイタルでした。

チェロ奏者は20年に渡たってウィーンフィルのプリンシパルチェリストである、Tamás Vargaさん。モーツアルトが住んだことのある建物の地下で、観光客向けではない大満足の演奏でした。

ウィーンにて

ロンドンを後にしてウィーンへ。1週間の滞在の目的は音楽と観光です。
丁度着いた日の翌日が日曜日で、ハプスブルグ王宮礼拝堂でのミサがありました。ウィーン少年合唱団が出演していて、ミサですが、チケットを購入する必要があります。曲目はモーツアルトの「ミサ曲 第10番 ハ長調 K.258」、ピッコロミニ・ミサと呼ばれている曲です。

席は、もちろん指定席です。ミサの間は最上階で歌っていて、姿は見れません。
ミサが終わってから前に出てきて、1曲だけ歌ってくれました。
ミサ用の歌を、コンサートホールではなくて、作り手が意図した場所で聴けるのは特別な気がします。

翌日はハプスブルグ家の夏の離宮、シェーンブルン宮殿へ。美しい宮殿と庭園はもちろん世界遺産です。

そして次の日は王宮へ。優雅な建物は、ここがかってヨーロッパでも有数の帝国の首都であったことをうかがわせます。ハプスブルグ家はヨーロッパ各地の王室と婚姻関係を結ぶことで、影響力を拡大していったのでした。

夕方にはウィーンのオクトーバーフェストを覗いてみました。

陽気な音楽とたくさんの酔っ払い達。。。なにせ、ビールジョッキが1リットル入りですから。半分の量も注文できますが、やはり行ったからには飲まねば!

夜にはペーター教会での室内楽コンサートへ。

思っていた通り、観光客向けのコンサートで、なじみのある曲目が続きました。

ロンドンで

コッツウォルズの旅を終えて、ロンドンで3泊しました。
博物館と美術館巡りが主な目的です。入場料が無料なのが魅力です。ですが、今回はどこに行っても、入り口に必ず寄付を募る箱が置いてありました。以前はそういうのもなかったのですが。

ロンドンに着いた日はオペラハウスへ。出し物はドン・ジョバンニでした。
信じられないぐらいな女たらしのドン・ジョバンニがあっちこっちの女性を泣かせて、結局は地獄に落ちるという悲喜劇です。

本当はこの後行ったウィーンでオペラを見たかったのですが、チケットの値段の高さに断念。。。パリのオペラは政府の補助のおかげか、値段が抑えられていて、いちばん良い席でも180ユーロ程度だったのに、ウィーンでは350ユーロぐらいでした。他にも色々とコンサートに行きたかったので、断念して、代わりにロンドンのオペラハウスの上の方の席のチケットを取りました。

帰りにオペラハウスの中に素敵なバーとレストランがあるのを発見。
次回はここで食事したいものです。

博物館巡りの最初はヴィクトリア・アンド・アルバート博物館。数あるロンドンの博物館の中で、ここが一番好きです。

いつも時間がなくて、一部分だけしか見ていなかったのですが、今回はじっくりと見て回りました。下はカフェテリアの一部。セルフサービスのカフェなのに食事の種類が豊富で美味しくて、しかも内装まで楽しめて、大満足でした。

大英博物館は獲得したり、略奪したりしたものを所狭しと並べてあるという印象で、私の基準であるルーブル美術館と比べると、ちょっと展示方法に見劣りがするような気が。こっちは博物館で、ルーブルは美術館なので趣旨が違うのかもしれませんけれど。

スコットランド、ルイス島のチェス駒。セイウチの牙で出来た12世紀のもの。
しゃがむヴィーナス

この日の夜はウィンダムズ・シアターへ”The man in the white suit (白いスーツを着た男)”を見に行きました。汚れず、擦り切れない生地を発明しようとすることにまつわるイギリスらしいコメディーです。

この夜も席は上の方で。。。(笑)

シェイクスピア続き

シェイクスピアの生家への入場券にはそこだけのものと、他の関連施設への入場券がセットになったものがありました。せっかくなので、全部入れるコースを選択。あまり期待していなかったのですが、ここ、Mary Arden’s Tudor Farm(メリー・アーデンのチューダー様式農家)はとても面白かったのです。Mary Ardenは シェイクスピア の母親です。裕福な地主の娘だったそうです。

当時の服装をした人々が出迎えてくれ、当時の様子を再現してくれます。

当時の食事の様子も実際に見せてくれます。
地主は人を雇って農作業をしてもらうのですが、雇用内容に食事を提供することも含まれていて、それが美味しくないと、良い人達が雇えなかったそうです。
今も昔も、食事って大切!

生後8か月のフクロウ。大勢の人の前で飛ぶのは初めて。しかも、雨なので、倉庫の中での演技でした。上手に飛んでくれて、たくさんの喝采を浴びました。
鷹匠も嬉しそうです。

この時代は身分によって使える鳥が決まっていて、貴族以外は小さな野鼠などを捕まえるような鳥しか使えなかったのだそうです。

下はアン・ハサウェイ(シェークスピアの妻)のコテージです。ふたりが結婚したのはシェイクスピアが18歳、アンが26歳の時だったそうです。夫が年下の年の差8歳、しかも出来ちゃった結婚でした。当時はそんなの普通だったのでしょうか?

こちらはふたりが眠るホーリー・トリニティー教会です。

内陣に埋葬されているということは、有名人でお金持ちだった為でしょう。

英国の誇る偉大な詩人・作家を偲ぶ旅はここで終了です。
ちなみに泊まったホテル、劇場のすぐ前で、とても気に入って、1泊の予定を2泊に延長しました。

ホテルの庭。後ろに見えるのが劇場。

The Arden Hotel, Waterside, Stratford-upon-Avon 

シェイクスピア三昧

コッツウォルズの旅の最終目的地に到着~。
シェイクスピアの町、ストラットフォード・アポン・エイボンです。

エイボン川の流れるこの町は、言うまでもなくシェイクスピアで有名です。
シェイクスピアが生存したのは、1564年から1616年までです。
そんな昔の、ただひとりの人の業績が、この町の繁栄の大きな一因になっているって、すご過ぎないですか?

そんな思いを抱きながらまず訪れたのが、シェイクスピアの生家です。

シェイクスピアはロンドンで俳優、劇作家、劇場の共同経営者としてかなり成功していて、有名人でお金持ちだったようです。

劇の中の有名なセリフだけでなく、日常使われる単語で、シェイクスピアが生み出したり、紹介したりしたものが、少なくとも1700語はあるのだそうです。びっくりですよね。 この人がいなかったら今の英語はたいそう貧弱なものだったかも。

庭では二人の俳優さんが劇の色々な場面を演じてくれていました。

この日と次の日はRSC(ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)の劇場のすぐ前のホテルに泊まりました。

この日の劇はキング・ジョン(King John)でした。あまり上演されることのない劇だそうです。劇場もメインの劇場ではなく、小さめのスワン・シアターでした。

期待薄で見に行ったのですが、楽しめました~♪
食べ物を投げ合うシーンあり、流血シーンもたくさんあり、悲劇なのですが、娯楽要素満載でした。主要登場人物のひとりのスコットランド訛りの英語が、ほとんどわからなかったことだけが残念でした。普通のイギリス人はあれが理解できるのでしょうねー。慣れの問題でしょうか?

茅葺屋根

イングリッシュ・ブレックファーストです。
卵、ベーコン、ソーセージ、ハッシュドポテト、ベイクドビーンズ、マッシュルームに焼きトマト。これだけだと思ったら、コンチネンタル・ブレックファーストは食べ放題。。。普通のイギリス人っていつもそんなに食べている訳ではないですよね?

3日間イングリッシュ・ブレックファーストを食べ続けていたら、4日目にはもうギブアップで、トーストとコーヒーだけで十分でした。

お腹いっぱい朝ごはんを食べた後、チッピング・カムデンという小さな町へ。
羊毛の取引で繁栄した町なのだそうです。

蜂蜜色の壁に茅葺の家がありました。おとぎ話に出てきそうじゃないですか!

茅葺屋根って日本だけではないのですね。

下のはこの地域の典型的な石垣です。水平に石を積んで、いちばん上は垂直に。

ダンナの背よりもずっと低いドアがたくさんありました。
気を付けないと危ないです。

そう言えば、叔父さんの家も客室と浴室の間のドアが低くて、ダンナが最初に通った時に頭をぶつけて少々怪我をしました。それ以降は気を付けていたので大丈夫でしたけれど。

城とマナーハウス

この日は雨模様。それならばお城見学でもと、やってきたのが、スードリー城です。悪名高きヘンリー8世、その6番目で最後の妃のキャサリンは、36歳で亡くなる前の1年間、ここで暮らしました。9日間だけ王位について、その後処刑されてしまったジェーン・グレイもここで過ごしたことがあるそうです。

今ある建物は15世紀のチューダー様式のもので、12世紀にあった城跡に建てられたのではないかと言われています。 よく手入れされた庭が有名です。雨だったのが残念!
17世紀半ばから19世紀半ばまで放置されていた城を、裕福な皮商人が買い取り、修復を開始、それ以降、子孫に代々受け継がれてきました。1972年に当主が亡くなり、その後、アメリカ人の未亡人はアシュコーム男爵と再婚しますが、引き続き城の経営に当たり、現在は前夫との子供達も経営にかかわっているとか。
シェークスピア劇とTVシリーズのダウントン・アビーの世界を一緒くたにしたような、長い歴史が刻まれたお城なのでした。

お昼は相変わらずパブでしょ~。ビールも欠かせません(笑)

典型的な日曜日のランチです。ローストビーフにヨークシャプディング、ポテトに茹でた野菜。不味くはないのですが、特に美味しかったかと聞かれると、ちょっと返答に困るような。。。

お腹がいっぱいになった後は、ブロードウェイというきれいな村へ。今日の泊りはこの近くです。

ダンブルトン・ホール、昔の領主の館を改装したホテルです。1690年に建てられ、その後荒廃し、1832年に改築されました。1960年以降は郵便局職員の保養所になり、1996年に一般の人が使えるホテルになったそうです。

ここ、ネットで特別価格を見つけてしまい、即予約でした。
朝食と3コースの夕食付で、おまけに熊のぬいぐるみまでついてきて、ふたりで1泊が2万円弱でした。お買い得でしょ~!

夕食のメイン、私のはレバーで、ダンナのはチキン(たぶん)

近所の村からは離れていて、部屋や設備は古びていますが、1泊だけなら充分でした。19エーカーある庭で、散策を楽しみました。