再び旅レポです。
お待たせしました~。愛しのミケーネです!
と、ひとりで盛り上がっております。
紀元前1600年から1100年に栄えた青銅器時代末期の文明です。
ドイツの考古学者シュリーマンが、幼い頃からホメロスの叙事詩「イリアード」で語られるトロイア戦争が実際あったことを信じ、トロイアとミケーネを発掘したというのは有名な話です。
獅子の門。城砦に入るにはここを通ります。
紀元前1240年ぐらいのものだそうです。今から3000年以上も前のものですよー。すごくないですか?
下は炭化した穀物がたくさん出てきたことから、穀物倉(Granary)と呼ばれている建物です。
本当の用途ははっきりとはわかっていません。
丘のいちばん高い所に宮殿がありました。
今ある遺跡は紀元前13世紀ごろのものですが、紀元前3000-2000年ぐらいにはすでに何らかの建物があったのではないかといわれています。
下は地下貯水池への入り口です。ミケーネ文明がいかに高度な文明だったかを後世に伝えるもの。
北門です。ダンナが写っているのは大きさの比較の為(笑)
こちらもダンナ入りです。紀元前16世紀に王族の墓地として使われていた場所の一部です。
元々は城壁の外にあったのですが、紀元前13世紀に城壁が拡張された為に、内部に取り込まれたそうです。6層になっていて、その中の5層をシュリーマンが発掘しました。
下のも墓地です。紀元前15世紀初めのもの。全部石造りです。
これだけ年数が経っているのですが、屋根が崩れるってことはないのでしょうねー。
トロイア戦争の登場人物でもあるアガメムノンの墓とされているのも同じ形のものです。行ったのですが人が多くて良い写真がなかったので、こちらで代用しました。
オリーブ油商人の家があったところ。4軒の家があったそうです。
クレタ島製の容器にオリーブ油が保存されていたことから、クレタと交易があったことが分かっています。
ミケーネ文明が栄えていた時代は、エジプトでは最大のファラオと呼ばれたラムセス2世がいた時代でした。中国では考古学的に存在が確認されている最古の王朝、殷の時代。古代のロマンを感じてしまいますね~♪
2 comments
石組の見事さに只々感心して見とれます。道具も無い時代に彫刻なんてどの様にして作ったのでしょう?獅子の門素敵ですね。何年経っても保ち続けるでしょう。
重い石を1つ持ち上げるのも大変なのに、積み上げて、、、そんなことを考えると今の時代は幸せです。
ひとつひとつの石がおおきいですよねー。
それを持ち上げて、積み上げてって、大変な作業ですよね。
青銅器時代なので、道具はあったと思います。かなり高度な文明でしたから。